記憶
「おめでとう、はるか」
 拍手で迎えた私に、はるかは嬉しそうに目を細めると、抱えたトロフィーにキスをした。
「どう? 世界から注目を浴びた気分は」
「悪くないな」
 世界への第一歩となった今日のレースは、女性の、そして最年少のレーサーとして世界のメディアから注目された。
 それは容姿のせいもあり、冷やかしや興味本位のものばかりだったが、はるかはそれでも喜んだ。いや、もしかしたら、優勝するという自信があったから喜んでいたのかもしれない。今日のはるかの走りを見たら、視聴者はともかく、マスコミ関係者ははるかを一人のレーサーとして報道するだろう。
 今日を切欠に、天王はるかの名前は世界へと広がってゆく。目の届かないところでその名を囁かれ、顔の分からない誰かに愛される。
「こんな思い、君はずっと前から味わってたなんて。羨ましいよ」
「……どうかしら」
 私は、目の前にいるたった一人に愛されれば充分だし、姿の見えない人から虚像の自分を愛でられるなんて考えただけでゾッとする。作品を愛されるのは好きだけれど、そこから想像した私を、なんていうのは。どうしても受け付けない。
「私は貴女に愛されれば、それで充分だわ」
「……君が死んでも、君の作品は残る」
「えっ?」
「だけど、僕はカタチを残せないから。こうして記録を残して、誰かの記憶に存在を刻み込むしかないんだ」
「なんのことを、言っているの?」
「誰も知らないなんて。それって、存在してないのと同じだとは思わないか?」
 誰を想って言っているのだろう。はるかは私に笑顔を見せたけれど、その目は私を通り過ぎたどこかを見ていた。
 悔しくて。視線を遮るように、私ははるかの唇に触れた。
「思わないわ。私も貴女も、今こうして存在している。この温もりが、なによりの証拠。そうじゃなくて?」
「……人は、二度死ぬんだよ、みちる」
「でも、ウラヌスとネプチューン(わたしたち)は甦った。貴女と私が、覚醒したことで。ねぇ。それなら別に」
「転生したって、覚醒するとは限らない。それに。もしこのまま世界の平和が続くのであれば、転生すらあるかど――。いや、よそう。今は純粋に、この喜びに浸ろうか」
 調子を柔らかくしたはるかは、幼子を見るような目で私を見ると、手を伸ばしてきた。指先が私の頬に触れ、ゆっくりと何かを辿るように遡っていく。
「だからさ、そんな表情(かお)しないでくれないか。誰よりも祝福して欲しい人に泣かれたんじゃ、僕はこの先、風を感じることだって出来なくなる」
「はるか……」
「この先、僕がどれだけ世界に名を馳せたとしても、隣にいるのはいつも君なんだ。それだけは、絶対。僕だけじゃなく、誰の記憶の中にも、しっかりと刻みつけるよ。だから。な?」
 そういって、はるかがあまりにも自然と手を差し伸べるから。これからお立ち台に向かわないといけないというのに、私は何の躊躇いもなく、互いの指をしっかりと絡めた。


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