everlasting
 ねぇ、はるか。
 あなたに訊きたいことがあるの。
 ねぇ。
 私の後を追うように自分の胸を撃ち抜いた、あなたの行動。
 あれは、一体何のためだったの?
 使命(あの子)のため?
 それとも、私を失った淋しさのため?


「そんなの……」
「分からない、は駄目よ」
 彼女の先回りをして言う。すると彼女は大袈裟に溜息をつき、そして私をあやすように笑った。
「一体、どうしたんだい?そんな、今更な話を持ち出すなんてさ」
「今更って。私には、今でも。無事にタリスマンを手にすることが出来た今でさえ。あの時のことははっきりと思い出せる。そして時々夢に見るの。あの時、見ていなかったはずの光景を。あなたが。ウラヌスが自分の中に眠るタリスマンを取り出すために銃を胸に当て、そして……」
 引き金を、引くシーンを。
 スローモーションで、けれどリアルに再生される映像。目を背けたくて強く閉ざしても、脳内に染み付いた映像は消えてはくれない。瞼の裏で、大切な人が倒れてゆく。
「ねぇ、はるか。何故あんなことをしたの?」
 彼女の腕を強く掴み、問いかける。けれど彼女の目は、真剣に向き合ってる目ではなかった。
「……君は、どっちの答えを望んでるんだ?」
 私の満足の行く答えを言って早く切り上げようと。その意図を私にも分かるようにと、わざとそんな言い方をする。でも駄目よ。私はあなたを逃がしたりはしないわ。
「もしはるかが使命のために引き金を引いたというのなら、私は泣くわ」
「じゃあ……」
「でも。……でも、もしあなたが。私を想う淋しさのあまりそうしたのなら、私は、きっと怒るわ」
「おいおい。それじゃあどっちにしても僕の行動は君にとってはマイナスだったってことじゃないか」
「当たり前じゃない!」
 いつまで経っても彼女の態度が真剣なものにならないから。思わず声が荒くなる。
 そんな私に、ようやく彼女の目つきが変わった。
「みちる?」
「前者なら、私は泣くわ。いくら使命のためといっても、それは廻り廻ってあの子のためだもの。私だって嫉妬くらいはしてよ?」
「けどそれは、君のためでもあるよ。僕たち二人の、平穏な生活のため。そのために僕たちは今、この地球を守ろうとしてる。違うか?」
「でもあの時は違ったわ。あの時は。私はあなたの中で死んだことになっていた」
 だからあの時点ではこの地球を救ったとしても、私たちの生活は既に失われていたことになる。どう足掻いても、私たち二人、天王はるかと海王みちるの倖せは救われない。
「……じゃあ、怒るっていうのは?」
「自殺をしたら、転生出来ない。そうでしょう?」
「……ああ」
「私は、自分で引き金を引いたんじゃない。だからきっと生まれ変われる。でもあなたは?私の後を追って自ら引き金を引いてしまったあなたはどうなるの?」
「……転生、できない」
「それでもし、本当にあのまま私たちが死んでいたら。何年かしてまた生まれ変わった時。私はひとりなのよ?」
 ひとり。その言葉を口にした途端、私は言いようのない孤独感と、そして恐怖に襲われた。脳裏にまた彼女の最期のシーンが蘇ってきて。私は厭々と子供のように首を振ると、彼女の胸にしがみついた。瞬間見えたはるかの表情は、その時はじめて自分が犯した過ちに気づいたようだった。
 固まった彼女の体が、心に痛い。
「使命のためになら哀しいけど仕方がないって思えるの。生まれ変わってからきっとあの日を思い出して泣いて。それでも仕方がないって。きっと、そう思える。だってそれがあなたの願いだもの。でも私を想うあまりのことなら。私は、あなたを恨むわ。もちろん、あなたにそんな行動をとらせた自分自身をも。……ねぇ、はるか。淋しいと思ったのなら。お願いだからそんなことはしないで。離れ離れになってしまった慰めに、せめて来世での倖せを願わせて。そうじゃないと、私は怖くて。あなたの居ない世界で生きて行くのかと思うと。怖くて。怖くて、怖くて……」
 確かに私は、はるかに出会うまで一人で戦っていた。けれどそれは決して孤独ではなかった。何千年も前からともに歩んできた唯一人の人がいずれ現れることは分かっていたし、例え現れなかったとしても。
「天王はるかが私と同じ時間に存在していると言うだけで倖せになれた」
 あなたがその唯一人の人だと分からない時も。唯一人の人だと分かってからも。ずっと。天王はるかの存在を知った瞬間からずっと。私は孤独ではなかった。
「みちる」
 耳元で響く、優しい声。固まっていた彼女の体が温みを取り戻し、私の肩へと滑る。
 そうしてゆっくりと私の顔を覗きこむと、すまない、と声には出さずに呟いた。それを音にしたら、彼女の方が壊れてしまうと思わせる表情で。
「……僕は弱いな。未来に希望を託して生きるなんて考え、僕の中には少しも無かった。あの時、君が僕を助けるために倒れた瞬間に。総てがどうでもよくなったんだ。目の前に探し求めていたタリスマンが現れたというのに、どうでもいいと。君は言ったよな?僕の願いが使命を果たすことだと。でもそれは違う。僕の願いは……」
 笑えるだろ?僕たちが今まで何のために平穏な生活を犠牲にしてきたのか。それを手にすれば取り戻せたはずの、君と出会う前までの平穏で退屈な日々はもう。どうでもよくなってたんだ。そんなことよりも、戦いの中に身を投じてでも君とともにありたいと。
「気づかされたよ。君の存在の大きさに。僕はもう独りでは生きていけなくなっていたことに。孤独の中で、それでも生きてきたはずなのに。今は例え仲間というものがいたのだとしても、君ひとりがいなくなっただけで僕は死んでしまうんだ」
「……じゃあ」
「正直に言うよ。僕は、タリスマンを口実に孤独から逃げようとしたんだ。君の居ない孤独から。来世に希望なんて抱けなかった。そんなに待っていられない。それに……」
「それに?」
「生まれ変わってまた出会えたとしても。君は確かにネプチューンではあるかもしれないけど、もう、海王みちるじゃない。僕は。少なくともこの時代、今ここに生きている天王はるかは、今ここに生きている海王みちるを必要としているんだ」
 とはいえ、軽率だった。君のことを想えず。でも、許して欲しい。こんなにも勝手で愚かな僕を。ネプチューンとの来世(みらい)より海王みちるとの現世(いま)を選んだ僕を。ウラヌスを。天王はるかを。
「許して、欲しい」
 再び、今度は彼女によって視界が暗く閉ざされる。
 私を強く抱くその体は柔らかく温みに満ちていたけれど、いつもの彼女よりも遥かに脆く感じた。
「みちる」
 すまない。
 消え入りそうな声だったけれど。私の耳に彼女の声は確かに届いた。
 怖がらせないよう、ゆっくりとその背に指先を滑らせる。
 そうだった。怖かったのは私だけじゃない。孤独に震えたのは彼女も同じ。いや、彼女の方が何倍も。
 私が今、こうして恐怖を感じているのは、はるかと生きているからであって。今している話も、もしも、のことで、今ここに生きているから出来る話。けど。だけどあの時のはるかの中では。この話はもしもではなく、紛れもない現実だった。
「……許す。許すわ、はるか。私こそ、あなたのことを何も想えていなかったわ。ごめんなさい」
 死んでしまった私にとって、来世までの道のりはそれは確かに永い時間かも知れないけれど。体感するものとしてはとても短くて。けれど彼女は。来世までの時間の前に、現世を独りで生きて行かなければいけなかった。それはきっと。想像を絶するほどの永い、永い時間。もしかしたら永遠に等しいくらいの。
 だって。
「あなたの居ないほんの僅かな時間でさえ、私にはとても永い時間に感じるの」
「時間は絶対的なもので、総てにおいて平等に与えられているなんて、嘘だ。きっと神様がいるとしたらそいつは、相当不感症な奴だろうよ」
 知らないんだ。時間なんて環境や感情によって容易く揺らぐことを。
 言いながら、彼女にいつもの調子が戻る。体を離すと、彼女は私に笑顔を見せてくれた。
「分かったよ、みちる。君をいつまでも不安にさせておくにはいかないから。今、誓うよ」
 手を合わせ、ゆっくりと指を絡める。いつかに私がそうしたように。
「はるか?」
「生も死も。流転も終焉も。総て、君とともに在ることを。……もう君を、独りにはしないから」
 手首を返し、私の手の甲に口付ける。
「私も、誓うわ。あなたを独りにはしないって」
 例え、どんな卑劣な手段を使ったとしても。その結果がどんな悲惨なものになったとしても。心の中で呟きながら同じように彼女の手に唇を落とすと、未だ私の手に唇を寄せていた彼女と額がぶつかった。
 微笑い合い、唇を重ねる。
 ごめん。ごめんね、はるか。私は嫌らしい女だわ。あなたに死すら選択させないなんて。でも、こうでもしないと不安で仕方がないのよ。あなたがいつか、私を置いて行ってしまうんじゃないかって。
「大丈夫。僕は、君のものだ。例え君が……」
「他の誰かのものであろうとも?もう、聞き飽きたわ」
 例え話でも考えたくない。私の隣に、はるか以外の誰かが居ることなんて。
「大丈夫よ、はるか。あなたが番犬を務めている限り、どう足掻いたって誰も私を奪えはしないわ」
 そう、考えたくないの。だから、ひとりでは生まれ変わりたくない。ねぇ。分かってる?
 あなた以外の誰にも奪われたくないの。
「でも、あなたが居なければ。その淋しさで私は容易く誰かに奪われてしまうわ」
 それは嫌なの。
「それは、困るな」
「だったら」
「だから今、誓っただろう?君を独りにはしないさ。例え、何があってもね。地獄にだって着いて行くし連れて行く」
 離さないよ。優しい言葉とは裏腹に、私を強く抱きしめる。
「バカね。はるかが傍にいたら、地獄なんて一瞬で楽園に変わってよ」
「……うん」
 頷く弱弱しい声には謝罪を、抱きしめる強い腕には決意を彼女から感じる。きっと、今体を離したら彼女は酷い顔をしているだろう。今の私みたいに。
「はるか」
「何?」
「はるか。好きよ」
 だから。彼女の顔を覗きこむようなことはせず。好き、と何度も呟いては愛おしいその背に爪を立てた。
 その時自分が泣いていたことに、触れていたはるかのシャツの色が変わるまで、私は気づかなかった。


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