Pocky
「珍しいな、君がお菓子を食べてるだなんて」
 少し遅れた待ち合わせ。背後から彼女を覗き込んでその箱を手にすると、数秒もせずに奪い返された。その行動を少し不満に思いながら、それでも笑顔で彼女の隣に腰を下ろす。
「僕には?」
「愛の篭った頂き物なの」
「へぇ。誰から?」
「覚えていない? 以前、絵画教室で私に薔薇の花束をくれたコよ」
 ああ。頷いて、記憶を呼び起こす。あの日は確か、みちるの絵画教室が妖魔に襲われたんだっけ。
「もう諦めたのかと思ってたよ」
「改めて告白されたわ。逆チョコっていうらしいわね」
 箱からポッキーを一本取り出し、僕に見せ付けるようにして口に運ぶ。別にそれが食べたいというわけじゃないけど、どうしても彼女の口元から目が離せなかった。欲しい、と、漠然と思う。
「で。みちるは僕にくれないのかな?」
「何を?」
「何をって……」
「ねぇ。はるかは私にくれないの?」
「何を?」
「チョコ」
「……どうして、僕がっ」
 みちるの言葉に、チョコを選んでいる自分の姿を思い浮かべて、顔が赤くなる。そんな恥ずかしいこと、僕が出来るわけがない。
「だって女の子でしょう?」
「だからって……」
 誕生日やクリスマスのプレゼントを選ぶのとはわけが違うじゃないか。意地悪く微笑む彼女から顔を背け、呟く。クスクスと笑う声が聴こえてきたけれど、僕はそれを咎めることが出来なかった。
「第一、僕は貰う専門」
「だったら尚更、はるかから欲しいわ。誰にもあげたことがないのなら、それこそ」
 急に真面目な声になるから、僕は思わず彼女に視線を戻してしまった。
 意識してやっているのか、それとも無意識なのか。熱を帯びた目が、そこにはあって。
「……い、まからじゃ。もう、遅いから。来年、なら。考えてみるよ」
 再び頬が熱くなる感覚に、この話題を終わらせようと出した答えが、殆ど彼女に押し切られるような形になっていたことに遅れて気付く。けれどもう言葉は取り消せないし、その後でまたあんな目をされても困るからと、自分に言い訳をして溜息を吐いた。
「来年、楽しみにしているわ」
 僕の心中を分かっているのかいないのか。彼女は嬉しそうというより楽しそうに言うと、新しいポッキーを口にくわえた。その様子を見つめていた僕に、名案が浮かぶ。
「みちる、ちょっと」
「えっ?」
 チョコのついていない部分をつまんでいる彼女の手を掴み、代わりに僕の口でそれを支える。目を丸くして動けずにいる彼女に、不敵に笑うと軽い音を立ててそれを折った。
「来年は僕があげるけど。今年は君から。確かに受け取ったから」
 思ったより長く折れたポッキー。僕がそれを食べ終え、ごちそうさま、と言うと、思い出したように彼女は残りを口の中へと入れた。もう。照れ隠しでよく使う、怒ったような呟きが聞こえる。
 それから彼女は再び箱に手を伸ばしたけれど、新たな一本を取ることはなく、蓋を閉め鞄に仕舞った。
「もう終わり?」
「今ので、はるかは満足したんでしょう?」
「まぁ、それでもいいけど」
 彼女の鞄の陰に隠れた、小さな紙袋。その中身に気付いていながらも、僕はまぁいいかと頷いた。今年くらい、もらえなくても。
 みちるからは毎年、フリークの子達に紛れるようにしてチョコをもらっていた。気付いたのは、僕が彼女と出会い、名前を知ってからだけれど。
 その時のお返しをいつかしようと思ったまま、そういえば結局まだ何も出来ていない。奪ったチョコのお礼というのも変だけど、来月は何か渡してみようか。
「はるか」
 そんなことをぼんやりと考えていると、突然、彼女が僕の顔を覗きこむようにして視界の中に入ってきた。思わず仰け反った僕に、彼女は少し赤い顔に、今までにないほどの意地の悪い微笑みを浮かべて見せた。ねぇ。形のいい唇が、ゆっくりと動く。
「お返しは、私も同じように。貴女の口から飴を受け取ればいいのかしら?」
「――え?」


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