誕生日、おめでとう。その言葉と共に、去年と同じ花を、束にして彼女に渡した。ディナーには誘ってくれないのかしら。強気にいう彼女に、だって今日は当日だろ、と返す。
「君の家のことだから、豪勢なパーティでもやるんだろ? そうじゃないにしたって、団欒の時間を壊すような真似は、僕はしないさ」
 そのかわり、明日は予定を空けておいてくれよ。彼女の髪を梳くように頭を撫で、じゃあ、と背を向ける。その刹那、視界の片隅にいた彼女の表情が曇った気がして、僕は慌てて振り返った。
 なあに、と彼女が見せる笑顔に、違和感を覚える。
「ええと」
 なんて、言うべきなのか。僕は言葉を持ち合わせて居なかった。ただ、もしかしたら、彼女は今日という日を両親と過ごさないのかもしれないという確信に近い予感だけがそこにはあった。
 考えてみると、僕は彼女のことをあれから何一つ知りえてはいなかった。プレゼントだって結局、彼女の欲しいものは分からず仕舞いだ。
「その……」
 だからといって。今からじゃ彼女に見合う店の予約なんて抑えられるはずもない。
 言葉をさがしている僕に、彼女は声を上げて笑うと、無意識に頭を掻いていた僕の手を掴んだ。指を絡めて、肩に頬を寄せるように隣に並ぶ。
「ねぇ、はるか。私、行ってみたいところがあるの」
 そういって、彼女は僕の手を引くようにして歩くと、ここよ、と花束を持った手で示した。
「ファストフード?」
「恥ずかしいけれど。入ったこと、ないの。はるかがよく、部活の後に仲間と入るのを見て、羨ましいと思っていたわ」
 羨ましい、ね。無邪気にいう彼女に、軽い眩暈を覚えたけれど。それで気が済むのなら、と。繋いだ手に力を入れると、持っている花束には目を瞑り、僕は自動ドアのボタンを押した。


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