non title 9
「どう?」
「これが、君の中の僕なのか」
「その一部よ」
 答えながらも、本当にそうなのかは自分でも良く分からなかった。
 デッサンの練習として有名人の写真を見て描いたことはあるけれど、実際にモデルを頼んだことは今まで無かった。誰かを、いいや、何かを描きたいと思うこと自体無かった。
 はるかに、出会うまでは。
「それにしても。今まで僕が見てきたものとは、大分タッチが違うね。まるで別人が描いたみたいだ。描く対象によって、こんなにも変えられるもんなのか?」
「他の人はどうだか知らないわ。でも私は、多分、タッチは変えられないと思う」
「え。でも、これ」
「その絵は私が描いたものだから」
 私が今まで描いてきた絵は総て、私の中から出てきたものではない。ネプチューンの見た風景を、抱いた感情を、ただカンバスに写しただけ。
 絵筆を持ち、目を閉じる。そうすると、私の頭の中には前世の記憶が容易く甦った。勿論それはごく一部なのだけれど。誰かを強く愛していたこと、絆に感謝しながらも憎んでいたこと。風景と共に流れ込んでくる感情は私にはないものばかりだった。
 最初は、それを描くことが楽しかった。見たものに感情を混ぜて表すだけの技術が、幸いに私に備わっていた。
 けれど、名が売れ始め、絵が作品として評価されるようになって。私はその間違いに気付いた。これは、私の絵ではないと。
「貴女が今まで見てきた絵は、総てネプチューンのものなの。彼女が前世で見て感じたことを、ただ描き写しただけ。……多分、この絵が初めて。海王みちるの、一作目だわ」
 私が言ったことを、はるかがどれだけ理解してくれたかは分からない。けれど、なるほど、と呟いたはるかは、何故か口元を綻ばせた。
「はるか?」
「それなら、この絵にこそ君の心理が表れてるのか、と思ってね。正直、あんな絵を描く奴とこれから長いこと共に歩むなんて、不安だったんだけど。この絵を描く相手となら、上手くやっていける気がするよ」
 それはどういう意味なの。訊こうと思ったけれど、私が口を開くよりも先に、はるかの手が真っ直ぐに伸びてきた。
「本当の君に会うのはこれで三度目、かな」
 強引に私の手をとり、握手を交わす。三度目、とは、過去の二度はいつだったのだろうかと考えて、やめた。それはきっと、赤面せずにはいられない場面なのだろうという予感があったから。
「本当の君を見ることが出来るのなら、これからもモデルになるよ。というより、みちるには僕以外の誰かを描いて欲しくない、かな」
「どういうこと?」
「そう思っただけさ。たんなる独占欲だよ」
 さらりと言って、優しく微笑む。既に手は離れているのに、触れていた箇所から熱が広がり。私は何も言えず、赤くなった顔を僅かに俯けた。


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