衝動
「悪い。少し来るのが遅れた」
「大丈夫。それより、妖魔が逃げるわ」
「分かってる」
 絞められていた首を押さえて息を吐く彼女に言い残し、僕は妖魔の後を追った。
 どうして彼女が捕らえられてしまったのかが分からないほどそいつの足はのろく、僕は正面に回りこむと、止まれずに突っ込んでくる妖魔に向かって技を放った。
 悲鳴を上げ、妖魔が消える。残骸には安物の電化製品と種子のようなもの。予算が無いのだろうか。最新の家電にすればもしかしたらもう少し手ごたえがあったかもしれないのに。
「ウラヌス……」
 かすれた声。振り返ると変身を解いた彼女がいた。僕も変身を解き、彼女に近づく。顎に触れ僅かに顔を上向きに傾けさせる。瞬間、彼女の目に驚きと期待に満ちた色が走ったように思えたが、僕はそれを勘違いだとやりすごした。
「首。痕は残ってないみたいだな」
「変身を解いてしまえば大抵の傷は癒えるわ。教えなかったかしら?」
「けど、声が。君の声が少し、かすれているみたいだから」
「耳障りなら黙るわ」
「ちがっ。そういうわけじゃ」
 慌てる僕に、彼女は口元に手を当てるとクスクスと笑った。謀られた。そう思ったけれど悪い気はせず、まったく、と溜息を吐くと目を細めようとした。細めようとしたのに……。次の瞬間、僕の目は見開かれていた。
 脳裏にフラッシュバックされた彼女の顔。首を絞められ、苦痛に歪む。それが、目の前で微笑む彼女にダブって見えた。同時に僕の体が僅かに熱を持つ。
 何だ、コレは。
 探し求める間もなく浮かんできた言葉は、欲情。馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるには、胸の鼓動が五月蝿すぎた。
 だが、あの顔は歓喜に満ちた歪みじゃない。思い直して、その思考すら方向を間違えていることに気づく。
「は、るか?」
 呼ばれて我にかえる。見ると、僕の手は彼女の首を掴んでいた。親指が喉仏を潰そうとしているのに気づき、慌てて肌を滑らせる。
「……痕にならなくてよかったな。この季節じゃ、隠しようもないし」
 我ながらぎこちないと思いながらも、どうにかその手を離すことに成功する。けれど、見つめているとまたあの顔が視えてしまいそうで。僕は視線を彼女の後ろへと向けると、制カバンを置き去りにした場所へと歩きだした。
 一呼吸分遅れてついてきた彼女が、隣に並ぶ。偶然にしては触れすぎている互いの手に、彼女を見ると、嬉しかったわ、と呟いて指先を僅かに絡ませてきた。
「何?」
「助けに来てくれて」
「当たり前だろ」
 少しでも大袈裟に手を振れば解けてしまう程度の繋がり。指先をどちらに動かすべきなのか、自分の感情は分かっていても正解が分からないから。僕はただ、その手を引いて彼女を抱きしめてしまいたい衝動を抑えることだけを、ひたすらに考えるしか出来なかった。


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