fake?
 片方の欄が埋まっている婚姻届を、提示された。
 意味が分からずテーブルから顔を上げると、意外にも真剣な眼差しがそこにあってドキリとする。
「名前。書いて」
「冗談でしょう?」
「そう、冗談。世間的には」
 じゃあ、貴女個人では? 聞き返そうとしたけれど、口を開いた時にははるかは目の前にいなかった。私の背後に回り、右手にペンを握らせる。
「どうして今なの?」
 紙の上に手を載せる。書いたところで提出など出来ないと言うのに、ペン先が震えている。
「単なる語呂合わせさ。今日は11月22日だろ」
「じゃあ、はるか的にも冗談ということね」
「……みちるとしては、本気なんだ」
 震える手に、はるかの右手が添えられる。もう、と見上げると無言の微笑みが帰って来た。それから、また真剣な瞳になる。
「僕だって本気さ。じゃなけりゃ、わざわざ役所まで取りに行かない。冗談にそこまで手間をかけるほど、僕は暇じゃない」
「でも、冗談にしかならないわ」
「世間的には、ね」
「なによ」
「早く書いたら?」
 クスリと笑って、手の甲を撫でるように指を離していく。温もりの離れた手は、ペン先が紙に触れているせいだけでなく、震えが止まっていた。
「ねぇ。せつなは」
「え?」
「せつなも、ほたるのママよ?」
「……どうして君は、そう意地の悪いことを言うのかな」
 向かいの席にため息と共に座るはるかの姿に、仕返しよとばかりに微笑んでみせる。今日微笑ったのは、そういえばこれが初めてだったと気づく。
「僕がどうして君しかいないときにコレを持ってきたのか。それくらいは察して欲しいな」
 大体そんなこと言ってる君だって、僕がせつなにも同じことしてたらヘソ曲げるんだろ。テーブルの上で組んだ手で指差され、私は何も言えず視線を落とした。空欄が、視界に飛び込んでくる。
「はるかの方が、意地が悪いじゃない」
「みちるが早く書いてくれないから悪いんだぜ」
 早くとペン先に向けられたはるかの視線が言う。
「……ねぇ。これ、どうするの?」
「何?」
「まさか、提出しに行くわけじゃないでしょう?」
「まさか。僕の机の抽斗に、大切に仕舞っておくだけさ」
「何よ、それ」
「いいから」
 空欄を指先で軽く叩かれ、私はため息をついた。それから、仕切り直すように大きく息を吸い込む。
 強く握りすぎた手。そのせいでまた微かに手が震えてしまったけれど、ゆっくりと息を吐き出し、一気に名前を書き込んだ。その他の項目も順番に埋めてゆき、はるかに渡す。
「ありがとう」
「えっ?」
「さ。証人の欄、せつなたちに書いてもらうかな。どうせ提出できないんだし」
 早口に言って、立ち上がる。そのまま部屋を出て行こうとするから、私は慌ててはるかの手を捉まえた。驚いたように私を見る、まだ赤みを残す頬に思わず微笑む。
「な、んだよ」
「指輪。買いに行きましょう? 私は誰かさんと違って、冗談にも手間をかけたいの」
 逃がさないよう指を絡め、体を寄せる。ね、と耳元でダメ押しをすると、はるかは紙を持ったまま困ったように頬を掻いた。
 それから、明後日の方向へと視線を向け、私の手を強く握り返しながら呟いた。
「だから。僕としては、冗談のつもりじゃないんだけど、な」


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