closet...
 部屋の鍵が開いていると思ったら、ソファに我が物顔で天王が座っていた。
「何でお前がここにいるんだ?」
「合い鍵使った」
「そうじゃなくて」
 しゃあしゃあと言うその姿に、怒りを通り越して呆れちまう。まぁ、例えオレがここで怒ってみせたとしても、天王は気にも留めないことは分かってるんだけど。
「今日は、家にいなくていいのかよ」
 腕時計で日付と時間を確認すると、23時を回ったところだった。
「ほたるはおチビちゃんのとこ。せつなは研究室に泊まり込み。みちるは明け方までお前らとのコラボCDのコーディング。今夜は誰もいないんだ」
「だからって」
「この時間に帰って来たってことは、今日の仕事は終わったんだろ? 心配するな。朝になったら帰るさ」
 天王の言葉を聞きながら、視線は寝室へと向かっていた。明日もしすれ違うことがあれば。そんな馬鹿らしい考えで用意した小さな箱が、そこに隠されてある。
 一体どういうつもりなんだ。思いながら天王の顔を見ると、奴もオレと同じ扉を見つめていて。勘違いされたら困るとオレは大袈裟に溜息を吐いた。
「あのなぁ。仕事終わりなの知ってるなら分かるだろ? オレ、疲れてんの。もう寝たいの」
「奇遇だな。僕も寝たいと思ってたんだ」
「意味が違うだろ。オレは睡眠。お前は……」
「セックス」
 唐突にオレを見つめ、不敵に笑う。その表情が腹が立つほどに綺麗で、オレは言葉を失った。
「……お前」
「何顔お赤くしてんだ? 小学生かよ」
「うるせぇな」
「いいだろ?」
 立ち上がった天王の両腕が、オレの肩にかけられる。
「駄目つってもするんだろ?」
「……お前が本気じゃないからな」
「それ、どう」
 どういう意味だよ。言葉の続きは吸い取られ、滑り落ちてくる手に導かれるように寝室へと向かった。
 オレの体に圧し掛かり、シャツのボタンを外し始める天王の顔をぼんやりと眺める。
「何だ?」
「いつも思うけど。この状態、絶対おかしいよな」
「不満か? だったら力尽くで僕を犯せばいいだろ」
「アホ。誰も不満なんていってねぇだろ。それに、合意の上じゃ犯したことにはなんねぇよ」
「……臆病者」
「お前っ」
 呟かれた言葉に苛立ち、天王の胸倉を掴む。強引に引き寄せ唇を重ねると、そのまま体の位置を入れ替えた。中心から身一つ分ずれた場所で、天王の体を押さえ込む。
「やれば出来るじゃないか」
「……今更後悔したって」
 遅いからな。続けた言葉は、少しこもった携帯電話のベルに邪魔された。どうしてこういうときに限って、普段は鞄の中に入れっぱなしにしてるケータイを尻ポケットに入れておくんだ。
「放せ」
「言われなくても」
 勢いを削がれたオレは、天王の体からおりると外されていたボタンを掛け直した。会話をするためにベッドルームから出て行く天王を尻目に、大袈裟に溜息をつく。
 なにやってんだ、オレは。
 どうしても意識がクロゼットに向かう。戻ってくるまでにあの小箱を用意しておくべきか否か。
 渡さなければ、無駄になる。それなら妙な顔をされたとしても、渡した方がマシだろう。流石に付き返すような真似もしないだろうし。日付変更には未だ時間はあるけど。それとも、終わってから渡すか。
「何してるんだ?」
 クロゼットの前に立ち尽くしていたオレは、行き成り耳元でかけられた声に驚いて振り返った。携帯電話を片手に不思議そうな顔でオレを見ていた天王の口元がつりあがり、情を煽るような口付けをしてくる。
「電話、なんだったんだ?」
「みちるから。レコーディングが早く終わってこれから帰るって連絡。だから、迎えに行くことにしたから」
「え?」
「良かったな。望み通り、今夜はゆっくり眠れるぜ?」
 じゃあさっきのキスは何だったんだよ。まだ肩に乗せられていた腕が、誘うような動きで首筋や頬を撫でながら離れていく。
 重力に従って落ちていく手。その指先が真下を向くことを、オレは何故か防いでいた。
「何だ?」
「お前、明日は」
「みちるの明日のスケジュールが丸々空いたから」
「そっか」
 掴んでいた手から力が抜け、天王の指先が今度こそフローリングと向かい合う。
「淋しいか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「だろうな。邪魔したな。……ああ、そのまま寝てていいぜ。鍵、閉めとくから」
 あっさりと言い放ち、天王が背を向ける。追いかけようとしたが、小箱のことが一瞬頭を過ぎり、その間に扉は無常にも閉められてしまった。
 立ち尽くすオレの元に、やがて静寂が訪れる。
 結局無駄になっちまったな。
 いや、元から無駄にするつもりで買ったんだ。渡したところであの人の目が気になって身につけるとは思えないし。
 力なくベッドに座り、結局開けるどころか触れることすらしなかったクロゼットを見つめる。その中にある誕生日プレゼントを。
「変に煽るから、寝れなくなっちまったじゃねぇか」
 呟いて体を倒す。目を瞑るとあの人と奴の幸せそうな顔が浮かんできて、小さな抵抗として奴の耳にオレからのプレゼントを飾り付けてみる。
「バカヤロ……」
 これ見よがしに光るピアス。けれど瞼の裏のあの人はそれを気に留める風もなく熱い目で天王を見つめ、奴もそれに応えるようにオレには決して見せない微笑みを――。


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