10 壊れても、いいから。(はるみち) |
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「明日は一日一緒にいたい」 唐突にみちるが言った。二人きりで家にいたいと。 だから僕は夕方せつなに頼んで、明後日の昼までほたると家を空けてもらうことにした。みちるの誕生日を家族で祝えないことにほたるは不満顔だったが、最終的にはせつなの説得に応じたようだった。そのツケはどうやら後日、僕が払わなければいけないらしい。 「さぁ、これで二人きりになったぜ」 せつなたちが出掛けリビングが静まり返ると、僕は満足げにみちるに言った。けれど、予想に反してみちるの反応は淡白なものだった。 何か気に入らなかったかな。疑問に思いながらもあえて問うことはせず、その日は相変わらずの日常を過ごした。折角二人きりになったのに、何事も、なく。 いつもと違ったのは翌日だった。 目覚ましで起き、リビングに向かう。違和感に寝惚けた頭を巡らせると、みちるの姿がないことに思い至った。いつもなら起きている時間だ。 何かあったのかもしれない。慌てて部屋に向かい、ノックする。返事がないので躊躇いながらもドアを開けると、驚いたことにみちるはまだ眠りについていた。 「みちる。具合でも悪いのか」 肩を軽く揺すり、額に手を当ててみる。熱は無さそうだとほっとしていると、みちるの目がようやく開いた。僕を見て、おはよう、と美しく微笑む。 「おはようじゃないだろ。いま何時だと」 「いいじゃない。たまには」 のんびりと言い、手で隠そうともせず大口を開けてあくびをする。見たことのないみちるの姿に呆然としていると、潤んだ目が楽しげに弧を描いた。 「折角のふたりきりなんだもの」 伸びてきた手が頬に触れる。そのまま吸い寄せられるように、僕たちは唇を重ねた。離れようとした体を、強く抱きしめられる。 「おいおい」 「ふたりきりなんだもの。一度、欲に溺れ堕落した生活というのを送ってみたかったの」 言葉の意味を問いただす前に、再び口を塞がれた。煽るような深い口付けを受けながら、そういえばとぼんやり考える。 普段から家にいるときもみちるは身なりをしっかりしていて、薄化粧までしていた。休日だったとしても、それは変わらない。僕より遅く起きる事だって、前日仕事で午前様にでもなった時ですら、滅多にない。 「これじゃあ、どっちがプレゼントを貰ってるんだか、分からないな」 「えっ」 「珍しい君の姿を見れるなんて。僕にとってはプレゼントみたいなもんだ」 「何言ってるのよ。堕落した私の代わりに、今日は貴女が働くのよ、はるか。さぁ、私の為に美味しい朝食を作って頂戴。それとも。朝食代わりのものを今ここで食べましょうか」 冗談とも本気ともつかない口調。口元は笑っていたが、僕を見つめる目は真面目なものだった。望んでいるのが、どちらなのか。信じられないようだけど、僕はみちるの額にキスをした。 「いいのかい」 「堕落した生活と言ったって、別にルーズなとした一日を過ごしたいわけじゃないわ。そうじゃなくて。ただ、欲に溺れたいのよ」 僕の頬に触れていた手が首筋を滑り、袖を通したばかりのワイシャツのボタンにかかる。その拍子に体にかかっていた毛布が落ちると、驚いたことにみちるは何も身に纏っていなかった。 「どうせ脱いでしまうんだもの。それに、二人きりなのだから、必要ないでしょう」 僕の視線を読み取ったみちるが、甘い声で囁き妖艶に笑う。その顔に情を煽られた僕は、ボタンを外し終えたみちるの手を掴むと、ベッドへと強く押し付けた。みちるがくれたものよりも濃密な口付けを、交わす。 「ようやく目が覚めたようね」 「起きたばかりの君に言われたくはないな」 「あら。私は誰かさんと違って寝起きがいいの。知っているでしょう」 「そうだったな。じゃあ、初めから飛ばしても構わないのかな」 「構わないわ。貴女の体力の続く限り、トップギアで走り続けても」 僕の手から滑りぬけ、人差し指で肌蹴た僕の胸を縦に切る。妖しく微笑むみちるに、背筋を走る抜ける悪寒。それでもどういうわけか、体の芯は熱くなり始めている。おいおい、まだ朝だぜ。その気になっている自分に呆れてはみるけれど、動き出した体は止まりそうになかった。みちるの首筋に噛み付き、きつく吸い上げる。 赤い痣。花のようだとはお世辞にもいえない、白く美しいみちるの肌に残された醜い印。僕が穢してしまったという証。 人目につく場所にキスマークをつけることを、僕はあまり好まない。だがみちるは、よくそれを望んだ。無論、翌日や翌々日にコンサートがない日に限ってではあったけれど。 はるかの所有物だという証ね。いつだったか鏡に映る痣を見つめ、笑っていた。冗談だと思っていたそのやりとりが、実は本気であったことに気づいたのはいつだったろう。 それにしたって。ああ。どうしてこんな時に限って。普段は身を潜めている加虐心が顔を出す。一日はまだ始まったばかりなのに。こんなんじゃ。 「なぁ、みちる。今日はまだまだこれからなんだ。そんなに僕を煽ってさ。壊れても、知らないぜ」 顔を上げ、不敵に笑ってみせる。余裕なんて、本当はもう何処にもないのだけれど。それでも、みちるを傷つけたくなくて。どうにか平静を保とうと。 それなのに。 「いいわ」 じっと僕を見つめていたみちるが、熱い吐息混じりに呟く。 「壊れても、いいの。いいから」 たじろぐ僕の偽りの余裕を見透かすよう薄く微笑み、首に白い腕を回し耳元に唇を寄せた。仄かに漂う香水が、媚薬のように僕の思考を蕩けさせる。 そして――。 「お願い。今日は一日中、はるかを頂戴」 |
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