2 視線に犯される(はるみち)
 はるかは普段、滅多に真剣な眼をしない。戦闘の時だって変に余裕ぶるクセがあるのだから、日常生活なら尚更。
 だから、こうやって、真面目な顔をして見つめられると、胸が高鳴ってしまう。
 それは彼女の眼が恰好良くて見惚れてしまうとか、見つめられていることに照れを感じているからというのもあるけれど。私の体を熱くさせる一番の要因はきっと、記憶の喚起。
 ――はるかは私にナカに触れる瞬間、いつも真剣な顔をする。
 もう慣れてしまっているのに、それでもはるかは私への気遣いをやめない。例えその後で理性が崩れ手つきが粗くなってしまったとしても、その一瞬だけは禁忌の扉を開くかのように慎重に優しく……。
「みちる、気分でも悪いのか?」
「えっ?」
「それとも緊張? そうか。みちるはいつも描く側だから、モデルなんかやらないもんな。休憩、入れるか?」
 デッサンのための鉛筆を置き、はるかが大きく伸びをする。休みたかったのは貴女の方なんじゃなくて、と口を突いて出そうになったけれど、私はそうねと素直に頷いた。体が熱くなりすぎて水分を欲していたのは確かなのだし。
「でも、どうして急にモデルなんて? どうせなら絵画教室の仲間に描いてもらえばよかったのに。僕の絵なんか貰ったって」
「貴女の絵だから欲しいの。それに、こういう機会でもないと絵なんて描いてくれないでしょう?」
「そりゃあそうだよ。君みたいな一流の画家に見せられるような腕なんて持ってないんだ。さっきだって、ずっと緊張してたんだぜ」
 緊張。やはりそうだったのね。
 真剣な眼差し。舐めるように全身を見つめて。私はまるではるかの視線に犯されているかのような気分だった。
「ねぇ。途中経過、見てもいい?」
「誕生日まで我慢。駄目出しされたら、続きかけなくなりそうだしさ」
「駄目出しなんてしないわよ、もう」
 大袈裟に溜息をついて、椅子から立ち上がる。私が絵を覗きに来るんじゃないかと身構えるはるかに微笑いながら、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを片手に窓辺に立つ。思い切り窓を開けると、まだ冷たい3月の風が熱くなった頬を冷やしながらアトリエの中へと滑りこんでいった。
 深呼吸をして、振り返る。
「さぁ、はるか。続きを始めましょう」
「そうだな」
 微笑みを交わし合い、私は先ほどまで座っていた白い椅子へと腰を下ろす。あの視線を受ける期待に早くも胸を高鳴らせている自分を、馬鹿馬鹿しくもほんの少しだけ好きだと思った。


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