9 体の奥が蕩けそう(はるみち)
「はるかっ」
 まいったな。
 彼女の声を聴く度に体の中が熱くなる。締め付けられている指は甘く濡れ温度差をあまり感じなくなってしまったせいで、まるで自分の指が溶け込んでしまったかのような錯覚に陥る。
 いや、実際に何かが溶け出しているのかもしれない。もうずっと、頭の中が、意識が朦朧としている。刺激を与えているのは僕なのに、彼女のあげる嬌声で理性が飛びそうになる。
 それは決して不快なことじゃない。理性を失うのは少しはしたないとは思うけれど、悪いとは思わない。だからまいったと内心で呟きながらも僕はこの状態を楽しんでいる。
 しかし僕の気持ちとは裏腹に、どういうわけか彼女は自分で口を塞いでしまう。重ねた唇から漏れる甘い吐息だけじゃ、物足りないのに。その上、僕が蕩け出しそうになるのを防ぐかのように、背に爪を立ててくる。
「っあ」
 鋭い痛み。蚯蚓腫れ程度ではなく、恐らくは血が滲んでいるだろう。ヴァイオリンを弾くために彼女は爪を短く切りそろえているのだから、指先にはかなりの力が込められたはずだ。
 どうしてこんなこと。
 唇を離し見つめると、彼女はいつものように微笑んでいた。サディストなのだろうか。こんな時はいつも、彼女の気質を疑いたくなる。
 けれど僕はちゃんと理解している。これは催促なのだと。僕が彼女を気遣って思い切れないから、彼女が僕を傷つけることで躊躇いを打ち破っているのだと。
 だから僕も、応えるように沈めていた指を激しく出し入れする。絶え間ない嬌声を上げる彼女は、折角の声を聴きたくないのか自分の両耳を塞ぐ。勿体無いとは思うけれど、きっと僕と彼女では聴こえ方が違うのだろう。
 みちる。心の中で何度も名前を呼びながら、指先を突き動かす。口にしないのは、僕の声で彼女の声が消えてしまうのを防ぐため。
 また、頭の中がぼやけだしてくる。直接的な刺激は何一つ受けていないのに、僅かに触れている肌と、淫らな姿。そして何より甘い声に、僕は容易く昇りつめてしまう。体の奥が熱を持ち、それこそ蕩けだしてしまうんじゃないかと思う程に――。


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