smell
 返り血。肉片。色んなものが降り注いでくる。
 一度変身を解けばそれは綺麗に無くなるけれど。どうしても、残像が纏わりついて離れない。

 体を洗う。
 強く。赤く腫れ上がる程に何度も擦る。それでも。僕の体から死臭が消えることはない。
 さっき倒した奴だけじゃない。今まで倒してきた奴らのそれも。総て消えずにこの体に残っている。
 いや、もしかしたら。これは僕から漂っているものなのかも知れないが

「また、こんなになるまで」
 真っ赤になった僕の腕を労わるように撫でると、彼女は暗い声で言った。
「大丈夫。今のあなたからは石鹸のにおいしかしてこないわ」
 首筋に顔を近づけるから。においを嗅ぐのかと思っていたら、そのまま舐められた。
 その感触に、体中が熱くなる。
「ねぇ、みちる?」
 不謹慎だとは、思っている。誰かの、いいや、何かの命を奪った後で。こんなこと。
「なあに、はるか」
 でも。
「僕の体を、キミのにおいで包んでくれないか?」
「……よくってよ」
 こうやって抱き合ってでもいないと。自分のしていることが何のためなのか忘れそうになるんだ。
 キミを見つめていないと。自分を取り巻く総てのものが赤く染まってゆくから。
 何度洗っても落ちなかった奴らの汚れも。キミの涙や汗やその他の色々なものでなら、洗い流してくれるような気がして。

 ねぇ、みちる?
 キミの目に僕はどう映っているのかな。
 この血に塗れた手でキミを抱くことは、許されることなのかな。
 そんな風に迷いながらも、体は彼女を求めて動く。酷く慣れた手つきで。
 それが時々。とても嫌になる……。

「はるかは、優しすぎるのよ」
 血液の残像を落とそうと、何度も手を洗っている僕に、彼女は言った。
 まるで子供でも相手にするように、僕の手を取って泡を落とさせる。キュと音を立てて蛇口を閉めると、僕にタオルを差し出した。
「優しくなんか……」
「優しいわ。だからそうやって罪悪感を抱いてるんでしょう?」
 罪悪感?僕が?
「違うよ。そんなんじゃない。ただ、手が。血が。臭いが」
 幾ら洗っても、無くならないんだ。
「そう思うのは、敵を倒してきたことに対しての罪悪感を何処かで思っているから。違う?」
「……違う」
「はるかっ」
 水滴が無くなっても手を拭うことを止めていなかった僕に気づいた彼女は、慌ててタオルを取り上げた。
 どうしたの、と覗き込んでくるけど。僕は何も答えられなかった。けれど彼女から目を反らすことも出来なくて。
 僕は彼女の頬に手を添えると、見つめ合ったままで唇を重ねた。
 こうすることで、澱みは余計に広がってゆくのだと分かっているのに。その先へ、その先へと。止めることが出来なくて。

 ねぇ、みちる?
 心配なことがあるんだ。
 僕は君の力を借りてこの汚れを落としているけれど。
 それは本当は落としているわけじゃなくて、キミに移しているんじゃないかって。
 僕と交わることで今度は、キミが汚れやしないかって。
 それが、酷く心配なんだ。

「みちるの手は、綺麗だな」
 広げた指一本一本に丁寧に舌を這わせる。みちるは頬杖をついてそんな僕をじっと見つめている。
「……まるで自分の手が汚いとでも言うようね」
 右の手が終わり、左へと移ろうとしたけれど。それよりも早く、今度は彼女が僕の右手を舐め始めた。
 月夜に赤く照らされていた箇所が、彼女の舌で綺麗に洗われていく。勿論、それは僕の妄想でしかないけれど。
「ねぇ、はるか。私とあなたは共に在るのよ?喜びも、哀しみも。勿論、罪悪も分け合って」
 それ以上は言わず、彼女は僕の指を甘く噛んだ。
 言葉は止まってしまったけれど、言いたいことは指先から痛いくらいに伝わってきた。自分だけが罪を背負っているだなんて、そんな淋しいことは言わないでと。
 淋しいこと、と彼女は言う。本来なら、勝手なこと、というべきなのに。それは彼女の優しさであり、その優しさは僕を苦しめもするけれど、優しい気持ちにもさせる。
 でも。だからこそ、僕は。痛みを感じちゃいけない。僕の痛みは、そのまま彼女の痛みになる。浄化なんて。互いで作用しなきゃいけないことだから。
「そうだな。痛みも、快楽も。こうして分け合ってる」
 声のトーンをいつもの調子に戻して、彼女に覆い被さる。
「……もうっ。バカ」
 急に変わった僕の態度とその言葉に、少し顔を赤くして呟きながらも。彼女は僕の首に腕を絡めては深く口付けてきた。
 瞬間、僕を包んだ彼女のにおいは。微かに死臭は漂えていたけれど。それ以上に二人の色々が混ざったようなものになっていた。


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