「あれ?飛影」
部屋を開けるなり、蔵馬は妙な声でオレを呼んだ。まだ部屋に居ることが意外だったのだろう。だが、今日は朝から風の中に雨のにおいが混ざっていて。それくらい、蔵馬にも想像が…。
「蔵馬?」
膝を抱えていた腕を解き顔を上げた俺は、さっきの蔵馬と同じくらい妙な声でその名を呼んだ。
「どうしたんだ?」
「どうって。雨に降られただけですよ」
ベッドから降り近づく俺に優しく笑うと、蔵馬は横をすり抜けてタオルを頭にかけた。濡れたまま、椅子に座る。
「雨に濡れただと?傘はどうした」
朝から雨のにおいがしたことに、俺以上に鼻のいい蔵馬なら、気付いていたはずだ。それに、思い出す限りでは、蔵馬は傘を持って出かけていたはず。
「心配してくれるのは嬉しいですけど。そんな、怒鳴らないでくださいよ」
「っ。誰が、貴様の心配など」
「公園にね、箱が置いてあって」
顔を背けた俺に、クスリと微笑うと、蔵馬は話し出した。蔵馬から目をそらしたまま、耳を傾ける。
「何だろうって覗いてみたら、猫がいたんですよ」
「それで、傘を貸してやったのか?」
「だって、見過ごすわけには行かないでしょう。黒猫ですよ?」
「……ふん。馬鹿らしっ」
溜息混じりに言うと、突然、手を引かれた。冷たくなった唇が、俺のそれに触れる。
「温かい」
「お前は冷たいな」
「うん。濡れちゃいましたからね。ああ、貴方も濡れてしまいますね」
俺の耳元で囁くようにして言うと、蔵馬は体を離した。椅子に座ったままの蔵馬に不恰好に抱きしめられていた俺は、服を直すと蔵馬の膝に座った。
「……飛影?」
「だったら、拾ってくれば良かっただろう。何もお前が濡れて来ることもない」
「そう簡単にいいますけどね」
押しやられても退こうとしない俺に、蔵馬は溜息を吐くと冷えた腕を回して抱きしめてきた。まだ湿っている蔵馬の髪が、俺の頬に触れる。
「うちには我侭な猫が一匹居ますからね。面倒を、看きれないってわけじゃないですけど。拗ねられても、困りますから」
「……それは、どっちがだ?」
「さぁ、どっちなんでしょうね?」
蔵馬の答えに詰まらなそうに見上げる俺に、案外オレだったりしてね、と楽しそうに呟くと、蔵馬はもう一度冷たい唇を押し当ててきた。
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