夢を、見ていた。親同然に慕っていた親方が死ぬ、夢。違う、あれは現実だ。なかなか懐こうとしない俺を大切に育ててくれた親方や仲間達。そいつらを、俺は助けられなかった。逃げろと言われて、そのまま逃げた。卑怯な現実。
「………っ」
 目を開けると、もう見慣れてしまった天井が視界に広がる。じ、と眺めていると、その天井がどこまでも広がっていくような気がした。目を反らす為に、隣で眠っている蔵馬を向く。そのとき、目に溜まっていた涙が頬を伝ったが、俺には気にならなかった。
 安らかな、寝息。確かにそこにある温もり。そいつが嬉しくもあり、そして怖くもあった。
「蔵馬…」
 消えないものなのだと、その頬に触れて確かめる。伝わってくる温もりは確かなはずなのに、それでもまだこの現実が信じられなくて、俺は唇を重ねた。
「ん…。ひ、えい?」
 それで起きた蔵馬が、驚いた表情(かお)をする。
「泣いて、いるんですか?」
「……欠伸をしただけだ。貴様と寝ていると酸素が足りなくなるからな」
 呟いて、涙を拭おうとした。その手を、掴まれる。見つめると、蔵馬は微笑った。
「あなたの涙って、氷泪石にはならないんですね」
「ふん。悪いか?」
「悪いなんて。氷泪石にならなくても、あなたの涙は誰の涙よりも綺麗ですよ」
 そう言って顔を近づけると、蔵馬は吸い取るようにして唇で俺の涙を拭った。強く、抱き締めてくる。
「何か、怖い夢でも?」
「………盗賊時代の、夢を見ていた。俺の前で惨殺された親方の夢を」
 怖かった。敵が怖かったわけではなく、大切なものが目の前で消えていくのが怖かった。誰かの優しさを知った後で、孤独になるのが、怖かった。
 親方も、雪菜も。結局俺は助けられなかった。雪菜を見つけたのは霊界が先だし、戸愚呂を倒したのは幽助たちだ。
 結局、俺はあの時から何も成長してはいない。無力のままだ。
「お前は――」
「ん?」
 大切なものを、失う。それは俺の運命というやつなのだろうか?
「俺の傍にいるんだろうな?」
 俺の問いに、蔵馬はまた少し驚いたような顔をし、そして微笑った。
「いますよ。飛影の傍に。それに、それはこっちの科白ですよ」
「?」
「いつも先に居なくなるのは、あなたの方なんですから」
 オレの傍にいたいと思うなら、この部屋を、オレを、あなたの帰る場所にしてください。
 言って微笑う蔵馬に、ああ、とだけ頷く。俺の目からは、再び涙が零れていた。

(2004/09/07)





雨の日。

 コン、と窓を叩く音。顔を上げると、突然強い雨が降り出してきた。仕方ないな。溜息を吐き、立ち上がる。
 少し大きめの傘を差し、激しい雨の中を歩く。
 目的地につく前に、オレは気配を消した。
 その木の下に立ち、見上げる。
 大抵の雨くらいなら防げるだろう巨木。けれど、どうやら今日の雨は無理のようだ。大きめの粒の音が、傘の中で響く。
「飛影」
 消していた気配を現し、頭上に向かって呼びかける。驚いたのだろう。彼は半ば落ちるようにして、オレの前に現れた。その体は、既に濡れてしまっている。
「ここにいたら風邪ひきますよ。帰りましょう」
 隣に並び、傘を差し出す。けれど。
「そんなもの必要ない。俺はお前と違って柔じゃないんでな」
 傘を押し退けると、そのままスタスタと歩き出してしまった。それでも、その方向がオレの家であることに、嬉しさを感じる。
「だったらオレも」
 傘を閉じ、彼の隣に並ぶ。ポケットの中に入っている彼の手を無理矢理引き出すと、指を絡めた。
「……ふん。風邪をひいても知らんぞ」
 呟きながらも、繋いだ手を強く握ってきてくれる。嬉しくて。見上げる彼に微笑って見せると、触れるだけのキスをした。
「じゃあ、風邪をひかないように、帰ったら熱いお風呂に入りましょうか。もちろん、一緒に」
「……好きにしろ」

(2004/09/10)





 窓には、何もない。
 ガーデニングをしているくらいに花が好きなら、窓辺に飾ればいいのに。たまにオレの部屋を覗きに来ると、母は必ずそう言う。そんな時オレは、切花は好きじゃない、そんな花の寿命を短くすることは出来ない、と言って誤魔化している。別に、オレの能力(チカラ)を使えば、切花だって、短くとも通常の寿命を過ごさせてやることは出来る。だが、オレはそれをしない。
 窓辺に何も置かないのは、他に理由があるからだ。

「蔵馬」
 無遠慮な音をたて、窓が開けられる。彼はオレの名を呼ぶと、そこに立った。
「ちょっと待って」
 パソコンを閉じ、彼の前に立つ。すると、彼はオレの頭に手を乗せてきた。片足を上げる。オレは何も言わず彼の靴を脱がせた。反対側も、だ。
 オレが窓辺に何も置かない理由は、これ。いい加減人間界にも慣れて来たのだから、土足で入るのはやめてくれと言っているのに、全然聞き入れてくれない。そして、足元も確認せずに入ってくる。以前、一度だけ窓辺に花を飾ったときには、彼は見事にその花瓶を蹴飛ばしてくれたものだ。それからオレは、窓辺にものを置くのをやめ、彼が部屋に入る前に靴を脱がせてあげている。
 そうして裸足になった彼を抱き上げて、ベッドの上に下ろしてやる。そこまでして、オレは初めて彼の顔をちゃんと見ることが出来る。
「飛影。今日は大分早いんだね」
「悪いか?」
「仕事、まだ少し残ってるんだよね」
「そうか。諦めろ」
 あっさりと言ってのけると、彼はオレの首に腕を回してきた。キスをしたまま、オレに組み敷かれるような形で、ベッドに倒れる。
 以前、彼の靴を脱がせてあげているということを幽助に話したら、可愛いじゃん、などという言葉が返って来た。可愛い?とんでもない。多少恥じらいがあるのならまだしも、それがさも当然だという態度の、何処が可愛いというのだろうか。
「蔵馬。何を考えている?」
「明日、何時に起きればやりかけの仕事が終わるのかなって」
 苦笑しながらいうオレに、彼はくだらないという風な顔をした。
「そんなの簡単だ。仕事をやり終えてから寝ればいい。そうだろう?」
「それは、そうなんだけどね」
 オレがいつまでも服を脱がせないでいるから。彼はオレの身体を押し退けると、自分から服を脱ぎ始めた。それをベッドの隅に押しやり、再び横たわる。
「いいのか、のんびりしていて。仕事、終わらなくなるぞ?」
「……はいはい」
 溜息混じりに頷くと、ニヤリと微笑う彼にキスをした。
 いつからこんな関係になったのか、もう思い出せない。気がついたら、彼が毎日のように部屋に足を運ぶようになっていた。その目的は、欲求不満を解消するため。
 躯が彼と手合わせをしなくなった。多分、彼の欲求不満の原因はそこだろう。元々食欲のない彼だから。溜まったものは、全て性欲に廻ってきてしまった、というわけだ。睡眠は常にとっているから、そこには入らない。
 彼と身体を重ねるのも悪くない。最初はそう思っていた。今も、そう思う。だけど、こうも毎日だと身体がもたない。終わってから彼は眠っていればいいけど、オレには仕事があるんだ。
 まぁ結局、その誘いを断れないオレが悪いんだけど。
「くらっま…」
 途切れ途切れにオレの名前を呼ぶ。潤んだ眼が、オレを見つめる。
 ああ、まただ。
 オレを切に求めてくる彼の姿に、理性が壊れ始める。拒まなければと思いながらもそれが出来ないのは、きっと、この瞬間の所為なのだろう。そして、心の奥でその彼の姿をオレは渇望している。
 だから、明日も。
 オレの窓には、何もない。

(2004/9/10)





牛乳・1

 突然、飛影が牛乳を買って来いといった。
 それまでは食べ物や飲み物に大した注文は無く、オレが出したものを素直に受け取っていたのに。
 珍しい。
 どのくらいの量を飲むのかが理解らなくて、とりあえず1リットルのパックを買ってみたんだけど。
「貸せ」
 ありがとう、も言わずに受け取ると、彼はそれを一気に飲み干してしまった。空になったパックをオレに手渡す。
 唖然としてみていると、何だ?とでも言うような目線を向けてきた。何でもないですよ、と言うような笑みを返す。
「そうそう」
 パックを机に置き、彼の頬を両手で挟む。唇を近づけると、飲んだ時に彼の口の周りについてしまった牛乳を舐め取った。
「一気飲みするのはいいですけど。もうちょっと上手く飲んでくださいね。口の周りに牛乳をつけたままじゃ、見っとも無いですから」
 真っ赤にした顔で何かを言おうと口を開きかけた彼に早口に言うと、オレはパックを片付ける為に部屋を出た。

(2004/09/12)
牛乳・2

 夜の道を並んで歩く。右手にはコンビニの袋、左手には小さな彼の手。
 真夜中に突然やってきて、また、牛乳を買って来い、と言われた。そんな我侭、断ってもいいというか本来は断るべきなのだろうけど。彼は牛乳を飲んだあとの口の周りをオレに拭いて(舐めて)貰うという行為を案外気に入っているらしく、牛乳を飲んだあと、いつもそれをオレにせがむ。そしてその行為は、オレも気に入ってる。せがむ彼も、オレが舐めている間じっと待っている彼も、もの凄く可愛い。そんな理由で、結局オレは彼の我侭を受け入れ、彼に牛乳を与えることになった。
 ただ、オレがひとりでコンビニに買いに行くというのも少し淋しいから。散歩がてら一緒に出掛けることにした。
 彼の歩幅に合わせ、ゆっくり歩く。
「知りませんでしたよ。あなたがそんなに牛乳が好きだなんて」
 ぶら提げたコンビニの袋を掲げると、オレは言った。別に、と彼が答える。
「好きではない」
「………じゃあ、何で?」
「桑原が、言ったからだ」
 ただでさえ声が小さいのに。彼は俯くとぼそぼそとした声で言った。
「ん?」
「………桑原が、牛乳を飲めば背が伸びると言ったんだ」
 聞き返すオレに、やっとのことで顔を上げると彼は言った。街灯に照らされたその頬は、微かに赤かった。
「飛影、身長伸ばしたいんですか?」
「………悪いか?」
「悪くはないですけど。オレは今くらいのサイズが抱き締めるのには丁度いいかなって。ほら」
 言って手を伸ばすと、オレは彼を抱き締めた。抵抗されることは覚悟していたけれど、彼はそれをしてこなかった。だからと言って、オレの背に腕を回すこともしなかったけれど。
「でも、何でいきなりそんなこと考えたんですか?是流や魔金太郎に言われたから?」
「……そう言うわけではない」
 呟くと、彼はオレから離れた。慌てて彼の手を握る。彼は、少し速足になっていた。
「歩き、づらいだろう?」
「うん?」
「普段はもっと速く歩くのだろう?」
「………ああ」
 そういうことか。だから、速足に。
「それはまぁ、普段はもう少し速く歩いているかもしれませんけど。オレは飛影と歩いていて、歩き辛いなと思ったことはありませんよ」
 言うと、オレは彼の腕を引き、無理矢理にゆっくりと歩いた。彼のいつもの歩調を思い出し、それに合わせる。
「それにね。せっかくあなたと一緒なんですから、あんまり速く歩いたら勿体無いじゃないですか。滅多にないデートを、もっと楽しまないと」
 繋いだ手を強く握り、さらに歩調を遅くする。見つめると、彼は不思議そうな眼でオレを見ていた。
「そういうものなのか?」
「そういうものなんですよ。だから、あなたは無理して大きくなろうとしなくて良いんです。いつかは伸びるんですから」
 コンビニの袋をカサカサと揺らし、ふふ、と微笑う。
「そうなのか?」
「きっとね。ちょっと、淋しい気もしますけど」
 頷くオレに、彼は何かを考えるように眼をそらした。暫くして、オレに視線を戻す。
「だったら、それはもう必要ない。お前が飲め」
「え?」
「オレはもう無理に背を伸ばそうとはしない」
 言って手を解くと、彼はオレに抱きついてきた。オレを見上げ、ニッと微笑う。
「だってお前は、このサイズが丁度いいのだろう?」
「……そうですね」
 オレの胸に顔を埋める彼に微笑うと、オレも彼を強く抱き締めた。

(2004/09/12)





かげ。

 朝方だとか夕方だとかに一緒に歩くことは余り好きではない。ただでさえ距離があるのに、余計に距離が出来てしまうからだ。それは影であって実際の俺たちではないと理解ってはいるのだが。どうしてもそれが気にくわん。
「飛影、今日は歩くの少し速くないですか?」
「俺がどんな速度で歩こうが、そんなの勝手だろう。気に食わないなら、後から来い。俺は先に帰る」
「しょうがないですね。だったら…」
「!」
「掴まえた。これであなたが幾ら速く歩いても、俺から離れることは出来ませんよ」
「ふん。勝手にしろ」
 微笑いかける蔵馬に呟くと、俺は後ろを振り返った。相変わらず、高さという距離は変わっていなかったが、既にその影は二つではなく、一つになっていた。

(2004/9/11)





まいるなぁ。

 窓を開けて立つ。俺の気配に気づいていた蔵馬は、その時既に、俺の目の前にいた。靴を脱がせ、オレを抱きかかえる。そのまま俺を膝に乗せるようにしてベッドに座ると、額にキスをした。オレを見つめ、苦笑する。
「まいるなぁ」
 それは本当に困っているときの顔だったから、俺の顔は当然曇った。来てはいけなかったのか?と訊きたかったが、それをもし肯定されたら、と思うと怖くて訊けない。だから、ただ曇った顔で蔵馬を見つめた。それに気付いた蔵馬が、また苦笑する。
「違いますよ。あなたが来てくれたことは嬉しいんです。凄くね。そうじゃなくて、それが嬉しすぎて、あなたが好きすぎて、まいるなぁ、って思ったんです」
 俺の唇に自分のそれを押し当てると、今度はいつもの優しい笑顔で微笑った。もう少し俺の好きなその笑顔を見ていたかったが、顔が赤くなってしまったため、それを諦めた。からかわれる前に、見られないように、蔵馬を抱き締めて赤くなった頬を隠す。
「どうしました?頬、熱いですよ?」
 それでも。触れ合う箇所から熱が伝わってしまったらしい。蔵馬は俺の背に腕を回すと、クスクスと微笑った。そのまま、俺が上になるようにして体を倒す。
「これなら、逆光であなたの頬の色ははっきりと分からないかな」
 俺を説得するかのように呟いて、体を引き離す。
「……っ」
「ああ。でもやっぱり分かりますね」
 慌てて顔を隠そうとしたが、その手を阻まれて、俺は思いっきり蔵馬と眼が合ってしまった。そのことに、蔵馬が満足げに眼を細めて微笑う。
「まいるなぁ。本当にオレ、飛影が好きなんですね」
 半分は自分に言い聞かせるようにして言うと、蔵馬は俺の頬を両手で挟んだ。少し深めの口づけをしてくる。それだけで。全身にどうしようもないほどの熱を持ち始めてしまった俺は、本当に参るな、と心の中で呟くと、蔵馬を強く抱き締めた。

(2004/9/16)





選択

「昨日は、何処に行っていた?」
 部屋に入りベッドに座ると、蔵馬を見上げて言った。不機嫌そうなその顔に、蔵馬はクスリと微笑う。手を伸ばし頬に触れると、そのまま唇を重ねた。
「何だ。昨日、来てたんだ」
「……昨日何処に行っていたかを訊いている。さっさと質問に答えろ」
 キッと蔵馬を睨みつける。が、触れられた手を払い除けようとはしなかった。声も無く蔵馬は微笑い、その小さな体をベッドに押し倒す。
「用事があったんだよ。だから居なかった。それくらい誰だって分かることでしょう」
「俺はっ…」
 そういうことを訊いているのではない。言おうとしたが、蔵馬の唇に阻まれてそれが出来なかった。
「オレが何処で何をしていようと、貴方には関係ないよ。約束したはずだ、互いに干渉はしない、と」
 微笑いながら、しかしはっきりとした口調で言う蔵馬に、飛影は顔を歪めた。圧し掛かってくる胸を押し、悪かったな、と呟く。
「だが。そもそも貴様が言ったんだぞ、木の上で眠るくらいなら自分のところに来いと。だから俺はっ…」
「飛影」
 続きの言葉を止めるように、蔵馬は呼んだ。手を伸ばし、飛影の頬に触れる。
「確かに、オレはそう言ったかもしれない。でも、ここに来ることを選んだのは貴方だ。オレじゃない」
「………帰る」
 蔵馬の手を払い除け、立ち上がる。止められることを期待してゆっくりと窓へと向かったが、蔵馬は微動だにせず、ただ飛影が窓に手をかけるのを眺めていた。
「止めないんだな」
 足をかけたところで、飛影は振り返らずに呟いた。遥か後ろで、蔵馬がクスリと微笑う。
「だって、それは貴方の選択だから。オレはそれに従うまでだよ」
「………お前の意思は?」
「貴方の選択に従うこと。それがオレの選択。まぁ、貴方が傍に居てくれるなら、それはそれで嬉しいけど。束縛、嫌いでしょう?」
「俺は――」
 振り返り、口を開く。けれど、その先の言葉は出てこなかった。どうして欲しいのか、それははっきりとしているのに、それを行動に移すことは飛影のプライドが拒んでいた。自分から、蔵馬を求めるなんて。
「……明日、また来る」
「そう。じゃあ、何処にも行かずに待ってるから」
 飛影の精一杯の言葉に、蔵馬はクスリと微笑うと手を振った。それを見た飛影は、フン、と呟くと蔵馬の部屋をあとにした。

(2004/9/21)





「何故、アイツを殺さなかった?」
 その気になれば殺れただろう。シマネキ草で出来た腕の傷を舌でなぞりながら、彼は呟いた。どうせ舐めてくれるならと薬草を渡したが、治療は自分でしろと返されてしまった。それなのに腕から離れようとしない彼に、苦笑する。
「彼にも言いましたけど。彼らの光の先に求めるものが知りたいと思ったんです。ただの興味」
「本当に、それだけか?」
「……さぁね」
 訝しげに見つめる彼に、クスリと微笑うと腕を回した。抱き寄せて、キスをする。
「もしかして、妬いてる?」
「……さぁな」
 クスクスと微笑いながら額を重ねると、そのまま彼が上に来るようにして体を倒した。
「だが。だとしたら、貴様がもうアイツに興味を持つことは無いな」
「何?」
「俺たちに負けたアイツらはもう光を手にすることは出来ん。そうだろう?」
 オレを見下ろし、口の端を吊り上げてクツクツと微笑う。無理に悪者ぶっているときの癖だ。
「理解ってないですね」
 呟くと、彼の笑みを両手で崩してやった。そのまま引き寄せ、深く唇を重ねる。
「何かを求めること、それ自体に光なんです。忍びとして、従うことしかしてこなかった彼らにとって。いや、全ての生物にとってと言っても良いかもしれませんね。オレだって、例外じゃない」
「……だったら、貴様の光は何だと言うんだ?」
「何?」
「その口ぶりだと、貴様も光を見つけたように聞こえるが…」
 さっきの笑みを崩されたのがよほど気に入らなかったのだろう。彼はオレの頬を変形するほどに挟むと唇を重ねてきた。変な顔だ、と微笑う。
「勿論」
 彼の腕を解き、その小さな肩を掴む。狭いソファで落ちないように気をつけながら、彼を組み敷くようにして体を入れ替えた。
「オレは光を、求めるものを見つけた。それだけじゃなく、既に手にしてる。まぁ、と言っても、オレの光は気まぐれですから。いつでも手に出来るというわけではないんですけどね」
 言いながら、彼のシャツをたくし上げる。と、彼の眼がオレを向いていることに気付いた。顔を上げ、彼を見つめる。
「飛影?変な顔になってますけど」
「……悪かったな」
「?」
「悪かったな。気まぐれで」
 呟いて、キスをする。唇を離すと、彼の顔は朱に染まっていた。思わず、微笑う。
「笑うなっ」
「いいんですよ、気まぐれで。その方が、手にしたときの喜びは大きいですから」
「……随分と、前向きなんだな」
「そうじゃないと、貴方の相手は出来ませんからね」
 溜息混じりに言うオレに彼はもう一度、悪かったな、と呟くと、赤い顔のままで微笑った。

(2004/9/24)





引越し

 引越しをした。部屋の場所を教える。だから今すぐ自分と一緒に人間界に来い。
 そんなようなことを言われて、俺は強制的に人間界に連れてこられた。攫われたと言ったほうが正しいのかもしれない。
 俺は、蔵馬に担がれてここまで来たのだから。

「何もないんだな」
 窓から部屋に入ると、靴を脱がせる蔵馬の肩に手をかけて言った。
「何も?それは違いますよ」
 自分の靴も脱ぎ、俺を抱きかかえると、そのまま床に座った。手を離さなかったから、俺は蔵馬の膝の上に乗るような形になる。
「厳選しただけ。本当に必要な、大切なものだけを置いておこうと思いまして」
「……ならば、お前が本当に大切で必要だと思うものは、その身ひとつということかっ」
 唇を寄せてくる蔵馬の顔を押しやり、部屋を見回す。
 蔵馬の部屋には、本当に何もなかった。家具すらも。どうやって眠るつもりなのか。まぁ、こいつのことだから、植物でベッドくらいは作れるだろうが。
「それも違いますよ。ちゃんと持ってきてますから」
「……何処にあるというんだ?」
 視線を戻し訊く俺に、蔵馬は微笑うと自分の頭を指差した。
「ここにあります」
「?」
「思い出、ですよ。母さんや幽助たちとの。そして、貴方との。オレの大切なものです。だからちゃんと忘れずに持って来ました」
「……馬鹿か」
 寒くなるようなことをスラスラと言う蔵馬に、逆に俺の方が恥ずかしくなってしまった。顔、赤いですよ?と蔵馬が微笑う。
「それともうひとつ。多分、これがオレにとって一番大切で必要なもの」
 持って来れなかったらどうしようかと思ったんですけどね。無事に持ってこれて良かったですよ。
 苦笑しながら言うと、蔵馬は俺を強く抱き締めてきた。耳元に、吐息を感じる。
「な、何だ。いきなり」
「まだ気付きません?貴方ですよ、飛影。オレの一番大切で必要なものは」
「ばっ…」
 耳元で囁かれ、俺は慌てて蔵馬を引き剥がした。それが、いけなかったようだ。
「あれ?飛影。顔、さっきよりも赤くなってますよ」
「うるさい。笑うなっ」
 クスクスと微笑うその顔を変形させようと、その頬に手を伸ばす。が、触れる前に両手を掴まれてしまった。微笑いのない真剣な眼が、真っ直ぐに俺を見る。
「貴方はオレにとって何よりも大切で、必要なんです。だから、ここでオレと一緒に暮らしてくれませんか?」
 言い終えると、蔵馬は優しく微笑った。その笑顔に、余計に顔が赤くなる。
「……駄目?」
 いつまでも答えない俺に、蔵馬の笑顔が少し困ったようなそれに変わる。それが嫌で、俺は蔵馬の手を振り解くと、その頬を思い切り横に引っ張った。
「痛いよ、飛影」
「お前がそんな面してるからだ。誰も駄目だとは言っていないだろう」
「……じゃあ、いいの?」
 笑顔を取り戻し訊いてくる蔵馬に、俺は、さぁな、と呟くと、手を緩め、唇を重ねた。

(2004/9/26)
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