暇。

「暇だ」
「仕方ないですよ。雨なんですから」
 彼の呟きに、読んでいた本を閉じ振り返る。暇だ、と言いながらも、彼はベッドに横になってすっかりと寛いでいた。その気の緩さが嬉しくて、ついつい微笑ってしまう。
「何が可笑しい」
「何でもないですよ」
 口を尖らせる彼にまた微笑いながら首を振ると、オレは隣に座った。その髪を梳くようにして触れる。
「というか、貴方は雨が降っていようがいまいが関係ないじゃないですか」
 年中暇人のようなものでしょう。クスクスと微笑いながら言うと、彼は違うと言いたげな顔で睨みつけてきた。体を起こし、オレの手から離れる。
「それは貴様が仕事とやらに行ってるから、知らないだけだ。俺だって忙しい」
「何に?」
「そんなこと、貴様には関係ないだろう」
 言い放ち、オレに背を向けて座る。やれやれ、と呟いて溜息をつくと、オレは彼を後から抱き締めた。グッと体重を掛ける。
「……重いぞ」
「うっそ。飛影って強いのに、力はないんですね」
「………それとこれとは別だ」
「そうですね。オレを拒む力もないみたいですし」
「うるさいっ」
 呟いて抵抗しようとするから。オレは腕に更に力を込めると、その首筋に噛み付いた。
「っ。蔵馬」
 それだけで。彼の抵抗力はがくんと下がる。うむ。いつものことながら、なかなか面白い。
「暇なんでしょう?折角だし。いいじゃないですか」
 耳元に息を吹きかけるようにして言うと、彼は仕方ないとでも言うように溜息をついた。その体から、力が抜ける。
「暇つぶしにしては、大分疲れるがな」
「でも、嫌いじゃないでしょう?」
 彼から手を離し、言う。
「そうだな」
 振り返り少し赤い顔で頷くと、彼はオレの腕の中に飛び込んできた。

(2004/10/5)





髪。

「邪魔だな」
 オレの腕にすっぽりと包まれた状態で頬を寄せると、彼は呟いた。
「何ですか、突然」
「お前の髪だ。いちいち邪魔だ」
 言うと彼は自分の首に触れていたオレの髪を強く引いた。痛みに顔を歪めるオレを見て、満足そうに口元を歪める。
「何故伸ばした?出逢った頃はもっと短かっただろう」
「まぁ、特にこれといって理由はないですけどね」
「だったら切れ。鬱陶しい」
 呟いて、オレの髪を投げるようにして手を離す。けれど、直ぐに戻ってきて彼の肌に触れた。その髪が鬱陶しいと、また彼がオレの髪を掴む。そんなことを何度か繰り返した後で、諦めたのか、彼は溜息を付いて今度は自分の腕を放った。
「別に、オレは鬱陶しくないですよ」
 クスリと微笑い、彼に触れていた髪を、耳にかける。
「俺が鬱陶しいんだ」
 溜息混じりに言うと、彼は眼だけでオレを睨んだ。その視線を、笑顔で交わす。
「貴方が鬱陶しいから、髪を切れと?」
「そうだ」
「じゃあ、貴方も髪を切るんですね?」
 オレの言葉に頭にはてなを浮かべると、彼は顔を少し離してオレを見た。クスクス微笑いながら、彼の髪を梳く。
「貴方の髪も結構邪魔ですよ。刺さりますからね」
「刺さっ…」
「あー。でも、切ったら鈴木みたいになってしまうかもしれませんね」
「鈴木?」
「美しい魔闘家鈴木ですよ。だって、髪が立ったままで短くなったらそうなるでしょう」
 オレの口から出た名前が誰だか分かった彼は、思い切り不満の色を顔に出した。
 折角だし、今から切りますか?と切花の葉に妖気を通して見せると、彼はいよいよ嫌がりだした。葉が髪に近づく程に、小刻みに顔を横に振る。
 その様が可笑しくて、オレは思わず微笑ってしまった。
「冗談ですよ」
「蔵馬っ」
「と言っても、少々邪魔だと言うのは本当ですけどね。まぁ、貴方がオレの今の髪型を我慢してくれるというのなら、オレも我慢しましょう」
 どうする?と彼の顔を覗きこみ、微笑う。
 暫く彼はオレを睨みつけていたが、やがて、諦めたとでも言うような溜息を付くと、肩に寄りかかってきた。
「仕方がない。今は我慢しておいてやる」
「じゃあオレも、貴方の髪を切るのを我慢しておいて上げますよ」
「…………」
「ん?」
「別に」
 ムスっとして呟く彼に、オレはクスリと微笑うとその小さな身体を強く抱き締めた。

(2004/10/9)





安眠。

「っ」
 体に衝撃を感じ、俺は眼を開けた。視界の左四分の一が床。
「飛影、大丈夫ですか?」
 降ってくる声に顔を向けると、心配そうな表情を装った蔵馬が、俺に手を伸ばしていた。
「……だい、じょうぶだ」
 蔵馬の手を借りずに起き上がる。見ると、蔵馬の机には本が伏せてあった。
 どうやら俺は、蔵馬が読書を終えるのを待っている間に熟睡してしまったらしい。
 そして、ベッドから落ちた。
「俺は、自分で落ちたのか?」
「オレが貴方を落とすわけ無いでしょう。知りませんでしたよ、貴方がこんなに寝相が悪かったなんて」
 俺が訊いたのを切欠に、蔵馬は声を上げて笑った。そこまで笑うことでもないだろうと言うくらいに笑うので、俺は蔵馬の足を思い切り踏みつけてからベッドに横になった。ごめんごめん、とまだ笑いを引き摺った声で蔵馬が言う。
「それにしても変ですね。今までこんなことなかったのに」
「………当たり前だ」
 木の上で眠る時は、熟睡することは無い。それは魔界にいたころの習性のせいだろう。だから当然、木から落ちることも無い。
 ここなら熟睡することも稀にあるが、それは大抵体が疲れているときだから。寝返りすら打てないでいるのだろう。それに…。まぁ、いい。
「でも、だとしたら。何故今回だけこんなに派手にベッドから落ちたんでしょうね?」
 読みかけの本もそのままに蔵馬は言うと、俺の隣に腰を降ろした。見上げる俺の頭を、気遣うように撫でる。打ちつけた場所は、頭ではなく肩なのだが。
「貴様の所為だ」
 呟いて蔵馬の手を取ると、俺は体を起こした。ベッドの上で胡座をかく。
「オレの所為?」
「そうだ」
 蔵馬が傍にいるということで安心して熟睡してしまったこと。そして、すぐ隣に温もりが無かったためにそれを無意識に求めてしまったこと。恐らくその二つが重なって、俺はベッドから落ちてしまったのだろう。
「じゃあ、オレはどうすればいい?」
「………こうしていればいい」
 優しい眼で見つめる蔵馬に、俺は俯いて呟くと、掴んでいた手に自分の指を絡めた。

(2004/10/16)





金魚。

「飽きません?」
「…………」
「ねぇ、飛影ってば」
「…………」
 頬杖をついて、穴が開くんじゃないかというくらい金魚鉢をじっと眺めている彼に、オレは溜息を吐いた。
 二人で行った祭りですくった金魚。それをオレが育てることにすれば、彼もそれを口実に部屋に足を良く運ぶようになるんじゃないかと思ったんだけど。
 効果は思った以上で。逆に、今、困っている。
 毎日のように部屋に来てくれるのは嬉しい。でも、その時間の大半をそうやって金魚とばかり過ごされたら。溜まったもんじゃない。
「飛影…」
 耳元で囁いて、後ろから手を回してみるけど。
「うるさいっ」
 あっさりとそれを拒否されてしまう。
「はぁ」
 今日何度目か知れない溜息を吐くと、オレは脱力したようにベッドに倒れた。仰向けの状態で、首だけを動かし、彼の後ろ姿を見つめる。
 まぁ、頬杖をつくなんていう可愛い姿を毎日見れるだけでもいいのかな、なんて切ないほど前向きな解釈。でも、実際オレが見てるのは、彼の後ろ姿だけなんだよな。
「なぁ、蔵馬」
 なんていろいろ考えていると、突然、彼がオレを振り返った。
「なんです?」
 久しぶりに正面から見た気がする彼の顔に、オレは体を起こすと、思わずベッドの上に正座をしてしまった。その様子が可笑しかったのか、彼が口の端を歪めて微笑った。その後で、コホン、と咳払いをする。
「……もし、俺たちに子供が居るとしたら、こんな感じなのだろうか?」
「―――え?」
「い、いや。何でもない。忘れろ」
 訊き返すオレに、彼は一瞬にして顔を朱に染めると、再び金魚鉢の方を向いてしまった。
 それから遅れること数秒、その意味を理解したオレも、顔が赤くなる。といっても、オレの場合は、恥ずかしいと言うよりも、嬉しいという意味でだけど。
「ね、ねぇ、飛影。それって、この金魚がオレと飛影の子って例え?」
「…………」
「ねぇ、飛影ってば」
「……うるさい。忘れろと言っている。って、どこ触ってんだ!放せっ」
「いや、そんなに子供が欲しいなら、作ってみようかなって」
「出来るわけ無いだろ!放せ、バカっ!!」

※くらひ村への捧げモノ『狐と猫とゴールドフィッシュ』その後。(2004/10/25)





ダレノセイ?

「起きろ」
 冷たい声と共に、頭に負荷がかかる。眼を開けると、彼の足が見えた。
「……おはよ」
 呟いて、勢い良く体を起こす。オレの頭に片足を乗せていた彼は、案の定、バランスを崩した。ベッドから落ちそうになるのを、手を引くことで防いでやる。
「離せっ」
「折角無様にベッドから落ちるのを防いであげたんだから。これくらいは許しくれてもいいでしょう」
 もがく彼の耳元で微笑うと、オレはそのまま小さな体を強く抱き締めた。諦めたのか、彼が体の力を抜く。
「それにしても。今日は随分と早起きなんですね。いつもは昼過ぎまで寝てるのに」
「……どうにかしろ」
「は?」
「雨」
「……あめ?」
 彼が顎をしゃくるその方向、窓を見ると、外は土砂降り。これじゃあ、午後からのデートは無理だな、と溜息を吐く。
「貴様のせいだぞ」
「うん?」
「いつもそうだ」
 何だかよく分からない彼の言葉。でも、怒っていることだけは分かる。雨が降ってるから。でも、何でそれがオレの所為になる?
「ちょっと、飛影。話が見えないんだけど」
「貴様がどこかへ行こうと言い出すからだ」
「あー…」
 成る程。そういうこと。
 確かに、突発的にどこかへ行こうと言い出す時は別として、前からどこかへ行こうと決めていると高確率で雨になる。しかも、それが彼とのデートの時にのみ。
 今日だって、2日前の天気予報では晴だと言っていたから部屋に来るように行っておいたのに、雨。
「でもそれって、オレの所為?」
「でなければ、誰のせいだというんだ?」
「えーっと…」
 別に、誰のせいというわけでもなく。ただタイミングが悪かったというだけのような気がするんだけど。
 でも、まぁ、やっぱり。誘ったオレが、悪いのかなぁ。
「すみません」
「ふん」
 ベッドの上に土下座するオレをみて、彼は少し満足そうに微笑った。その顔に、ああ、またやってしまった、と溜息を吐く。でもまぁ、尻に敷かれるのも悪くないかな、とも同時に思う。普段はオレが組み敷いてるわけだし。なんて。
「………何だ?」
 頭を下げた姿勢のまま、じぃ、と見つめるオレに、彼は眉を寄せた。ふ、と笑みを浮かべ、彼に抱きつくと、オレはそのまま一緒にベッドに倒れた。
「っ。何しやがる」
「いや…雨だし。出掛けられないし。でも折角早く起きたんだし。たまには朝からって言うのも悪くないかな、なんて思いまして」
 彼の上に跨り、ちゅ、とわざと音を立ててキスをする。
「なんか、オレの所為で雨が降っちゃったみたいですからね。ちゃんとその責任は取らせていただきますよ」
 だから、機嫌直して?呟いて、コツン、と額を重ねる。焦点を合わせ彼を見ると、ああ、またやってしまった、と言った風な顔でオレを見ていた。
「……ならば、ちゃんと満足させてみせるんだな」
 暫くの沈黙の後、彼はそう言ってオレの頬を両手で包むと、自分から唇を重ねてきた。

(2004/10/31)





手。

 手は、繋がない。

 蔵馬の半歩後ろを、いつも歩く。
 時々、蔵馬が俺に向かって手を伸ばしてくる。それは触れることもある。
 だが。蔵馬が触れるのは俺の腕で。手を握るには、俺が自分の手を持ち上げるとか、蔵馬が俺の手を持ち上げるとかしなければならない。
 けれど蔵馬はそれをしない。俺が手を繋ぎたくないのだろうと、思い込んでいるのかもしれない。その割に、一緒に歩いている時は少なくとも一度は手を伸ばしてくるのだが。
 別に。手を繋ぐことが、嫌なわけではない。
 ただ、自分から蔵馬に手を伸ばすのが、照れくさい。切欠は蔵馬からでも。その指に自分の指を絡めるのは、やはり俺の意思だから。それが、照れくさい。
 だから俺は、伸ばされた蔵馬の手を見て、いつも赤面してしまう。
 半歩後ろ。そのお蔭で、蔵馬に赤くなった顔を見られることはない。
 けれど。もしかしたら、蔵馬はそれに気づいているのかもしれない。
 蔵馬は色々な事に勘付く。そのことに対して訊いてみたら、それは貴方の事だからですよ、言われたが。俺にとっては、それで充分だ。
 きっと、気づいているのだろう。だから、何度も俺に手を差し伸べる。そうして、赤面する俺を感じ取っては、半歩前で微笑っているに違いない。
 だからと言って、手を繋げば。それはそれで嬉しそうに微笑うのだろう。そして、振り返って。赤面した俺を見て。更に嬉しそうに微笑うのだ。
 それは、癪だ。
 そう言った理由で、今日も、俺は。

 手を、繋げない。

(2004/11/2)
半歩。

 飛影は、オレの半歩後ろを歩く。

 身長差、歩幅の違いからそうなるのは仕方がないのだけれど。街を上空からしか見ない彼にとって、道を歩くと言う事はそれなりに大変らしい。
 だからオレは、彼の半歩前でナビをする。
 本当は手を繋いで。並んで歩きたい。だけど、無理矢理に手を取って振り払われたら、と思うと、なかなか踏み出せない。
 でも。踏み出せないのは、どうやら彼も同じらしい。
 時々オレが手を伸ばしたり、その腕に触れたりする度。オレの掌に、彼の視線を感じる。
 もしかしたら、照れているのかもしれない。いいや、照れているのだろう。
 本当にオレと手を繋ぐのが嫌ならば、もっと距離を置くはずだし。それに、そもそも、並んでは歩かないはずだ。
 彼がオレの手に対して何の反応も示さないのは、きっと。躊躇っているからだ。
 そう考えると、自然と顔がニヤけてくる。手ではなく、肩を掴んで、抱き締めたくなる。
 だけれど。そんなことをしたら、彼に引かれてしまうことは分かっているから。
 オレは相変わらず、その手を握ることが出来ない。
 隣に、並んで歩くことも。
 だって。並んで歩いたら、ニヤけ顔を見られてしまうから。だから、今日も。

 オレは、飛影の半歩前を歩く。

(2004/11/4)





暖。

 寒くなってきた。
 というよりは、最近が暖かかっただけなのだろう。去年の今頃は、蔵馬の部屋で暖をとっていた記憶がある。
 そう言えば、今年は暖冬だと蔵馬が言っていたな。それならばお前の所へ行かなくて済むな、と返す俺に、苦笑いを浮かべていた。
 しかし。これの何処が暖冬だというのか。
 確かに、昨日までは温かかったが。今日は、昼だというのに吐く息が白い。
 仕方が無いので、暖をとるために蔵馬の部屋へ向かう。別に外でも眠れるのだが、蔵馬が心配するだろうし、その後にグチグチと自分がどれだけ心配していたかを話されるのは迷惑だ。
 それに…。
 まぁ、それはどうでもいい。
 蔵馬の家、その屋根に着くと、こんな寒い中、窓が開け放たれていた。恐らくは、俺の妖気を感じ取ってのことだろう。幾ら元が狐とはいえ、人間の体である今、寒さは堪えるらしい。そうではなく、単に若くないからだと蔵馬は微笑っていたが。
「あ。入ったら、窓閉めてくださいね。それと、靴も脱いで」
 窓に足をかけようとした俺に、蔵馬は本に目を落としたままで言った。何も言わずに頷いて、靴を脱ぐ。それを部屋の隅に置いてある箱の中に投げ入れると、俺も蔵馬の部屋に足を踏み入れた。窓を閉める。
 久しぶりの蔵馬の部屋は、俺が最後に来た時よりも小さくなっていた。
 いや、小さくと言うのは正しくはない。部屋の空いていた場所にテーブルが置かれていて、その間に挟まっている布団が部屋を狭していた。
 だが、その狭さも俺には関係ない。どうせ俺が座るのはベッドの隅で、たまにベッド全てを使うことがあったとしても、それ以外の場所を使うことは殆んどない。
「折角こたつ出したんですから、そんなところに座らないで、こたつ、入ったらどうですか?」
 ベッドに乗り座ろうとした俺に、蔵馬はやっと顔を上げると言った。
「?」
「アレですよ。暖めてありますから」
 テーブルを指差し、微笑う。それと蔵馬とを交互に見つめ返す俺に、蔵馬はさらに笑顔を重ねた。どうやら、そっちに座れということらしい。
 仕方無しに立ち上がり、そのコタツとやらに入る。
「ね。温いでしょう」
「……去年はこんなものなかったぞ」
「納戸にしまわれっぱなしになってたのを見つけたんですよ。気に入ったのなら、そこで寝ます?人間なら風邪をひくでしょうけど、貴方なら平気でしょう」
 オレよりも温かいと思いますしね。クスクスと微笑いながら言う。その言葉に何も答えずにいると、今度は困ったように微笑った。俺の隣に、潜り込んで来る。
「くっつくな。……あつい」
「オレは寒いんです。貴方がなかなか部屋に入ってくれないから」
「…だったら窓を閉めておけばいいだろう」
「閉めてたら、貴方は余計に躊躇うでしょう」
「…………うるさい」
 呟いて、布団を顔まで上げる。すると、その隙間から冷たい外気が入り込んできた。慌てて、布団を元に戻す。
「ほら、寒いでしょう。だからオレがくっついてないと駄目なんですよ」
 楽しげに言うと、蔵馬は俺がしたように布団を鼻の辺りまで上げた。間に出来た隙間を埋めるように、俺に体を寄せてくる。
「これなら寒くないでしょう?」
「………あつい」
「じゃあ、ひとりで入ってます?」
「…別に、あついのが嫌いだとは言ってないだろう。ただ、あついと言っただけだ」
 コタツを出ようとする蔵馬に、俺は呟くと右手で布団掴み、顔まで持ち上げた。左手は、蔵馬の服に。
「……そう、でしたね」
 溜息混じりに呟き元の位置に座ると、蔵馬は掴んでいた俺の手を解き、そこに自分の指を絡めた。

(2004/11/14)





テレパシー

 どういうつもりなのかは知らないが。蔵馬は、やたらと手を繋ぎたがる。
 街を歩く時は勿論、部屋に居る時も。
 傷の治療の時は流石に手を繋ぐことはしないが、俺が眠りに付いている時は知らないうちに隣に座り、俺の手に指を絡めている。
 俺がそのことに気が付いて蔵馬を見つめると、蔵馬はいつも苦笑いを浮かべて俺から手を離す。
 俺の顔色を気にするくらいなら初めから繋がないとか、俺に一言断ってから指を絡めるとかすればいいのだが、蔵馬はそれをしない。
 もしかしたら、申し出を断られると思っているのかもしれない。断るくらいなら、触れられた時点でその手を振り払っているのだが。
 今日も、壁にもたれるようにして眠っていると、蔵馬が手を繋いできた。起きてしまうと離れるので、そのまま俺は眠ったフリを続けている。
 一つの感覚を断つと、他の感覚が鋭くなる。目を瞑っている俺は、指先から今までにないほど蔵馬の体温を感じている。少し、気恥ずかしい。
 だがここで意識をしてしまうと、蔵馬に気づかれてしまう虞があるから。俺はそのまま蔵馬の体温を感じ続けるしかない。そのことに不満はない。だが…。
 気持ちを、言葉にすることは難しい。態度にすら表すことが出来ないのだから、尚更だ。
 内心溜息を吐く。情けない。だが、仕方がない。俺はそういう性分なのだから。
 姿勢はそのままで、繋がれた手だけ、強く握り返す。そのことに気づいた蔵馬が、一瞬手を引いたが、それを許さぬよう俺が強く握っていたため、手が離れることはなかった。
 沈黙。
 暫くして、相変わらず眠ったフリをしている俺の横から溜息が聞こえてきた。
 手を、離される。そう思った。
 だが、それとは反対に、蔵馬は距離を詰めて俺の肩に自分の腕を触れさせると、さらに深く指を絡めてきた。

(2004/11/23)





変わるもの、変わらないもの。

 移り変わるのが、嫌いだと。彼は言った。変わりゆくものをどうして信じてゆけるのか、と。
 オレは、変わらないものが、嫌いだ。そんなもの、つまらない。ずっと同じなら、一度知れば充分だ。そう、思う。
「ならば、俺たちは一緒にいるべきではないのかもしれんな」
 そんなような会話をしていたら、彼が哂いながら言った。哂ってないと、今にも崩れてしまいそうだというような様子で。そうして、オレに背を向けた。
 だからオレは、彼の形を崩さないよう、けれど消えてしまわないように、優しく、強く、抱き締めた。
「何故、そう思うんです。何故、一緒に居るべきではないと」
 オレの問いかけに、彼は暫く黙った。黙った後で、回された腕に自分の手を乗せると、爪を立てて握った。ギ、と低い音がする。どうやら、えぐられてしまったようだった。
「そうだろう。変わることが嫌いな俺は、これからも変わることはない。反対に、変わらないことが嫌いな貴様は、これからも変わり続ける。今はいいかもしれんが。そのうち、俺は貴様を嫌いになり、貴様は俺を嫌いになる」
「随分と、決め付けるような言い方をするんですね」
「誰にでも分かることだ」
 首筋に噛み付く。腕をえぐられた仕返しに。強く、吸い上げて。
「っ」
 そのことに。彼は小さく声を漏らすと、立てていた爪を寝かせ、オレの腕から手を放した。体も離し、向かい合うように寝返りをうつ。
「誰にでも、分かる。本当に」
「分かるだろう」
「何故そう言い切れるんです。オレは移り変わる生きものですよ。もしかしたら、『変わらない貴方を好き』に変わってゆくかもしれません」
 微笑いながら言うと。彼は、眉間に皺を寄せた。呆れた。そんな意味の溜息を吐く。
「だとしても、だ。その好みもまた変わる」
「そうだとしたら、きっと。それは、100年以上後の話ですよ」
「それに、だ。それに、貴様がそうなる前に、俺が嫌いになるかもしれないだろう」
 少し、淋しそうに言う彼にキスをする。深く、貪った後で。唇を離すかわりに額を重ねると、オレはまた、微笑った。
「それはないですよ」
 自信に満ちた声に。何故、と彼は近い距離でオレを見つめた。ふふ、と微笑い返す。
「だって貴方は変わらないのでしょう。だとしたら、オレを好きだという気持ちも、きっと変わりませんよ」
「ふん。勝手に言ってろ」
 呆れたように、けれど嬉しそうに言う。言ってますよ。一生。そう返すと、額を離し、また、唇を重ねた。

(2004/12/8)
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