必然 or 偶然

「運命の意図に導かれるように…」
「何だ?」
「コエンマに言われたんですよ。オレと貴方が出逢ったのは、運命なのかもしれないってね」
「運命、だと?」
「彼曰く、ですけどね。貴方は信じます?」
「運命か?ふん。馬鹿馬鹿しい」
「ですよね。オレも、そう思います」
「ほう…」
「何ですか。その顔は」
「貴様はその運命とやらを信じる口だと思っていたのだが。意外だな」
「だって、そんなものがもし本当にあるのだとしたら。つまらないだけじゃないですか」
「つまらない?」
「ええ。もし起こり得る全てが、それこそ運命に抗おうとすることも含めて、決められているのだとしたら…。オレは、そんなの嫌です。オレが貴方に抱いている感情は、オレが自分で選んだ結果なのだと信じたい」
「信じたい、か。断言はしないんだな」
「死期を、予測出来るヒトが近くにいますからね。運命を全否定することは出来ませんよ。でも…」
「でも、何だ?」
「貴方との出逢いは、運命なんかではなく、ただの偶然だと。これは、断言しますよ」
「……余り、歓迎していないような言い方だな」
「そうですか?ああ、ただの、なんてつけてしまったからですね、きっと。でも、オレは偶然な出逢いの方が感動的だと思いますけどね。幾つもの偶然が重なって、今のオレたちが居る。なんか、素敵じゃないですか。ねぇ。そう思いません?」
「……貴様は」
「はい」
「どこまでもおめでたい奴だな」
「なんて言うなら、頬を赤く染めないでくださいよ」
「……うるさいっ」

(2004/12/13)





 植物に覆われた、幽霊屋敷とも呼ばれているこの家で。オレはただ、待ち続けている。どれだけの月日が流れたのか分からない程の時間を。独りで。

 飽きたのなら、オレを殺して。
 置いて行くのなら、その体内(なか)に取り込んで。
 突然、出て行くと告げた彼に、オレは言った。オレを一人にするくらいなら、殺して、食べて、一緒に連れて行って欲しいと。
 けれど、それはあっさりと断られた。少しの間も置かずに。迷いも見せずに。
 何故、と訊くと、彼は黙った。
 食べたくないほど嫌い。
 違う。
 その剣にオレの血をつけたくないほど嫌い。
 違う。
 じゃあ何故、オレを生かしたまま置いて行く。
 それは。
 黙って、俯く。オレを見ること無く背を向けると、開けっ放しになっていた窓に手をかけた。
 俺は料理が下手だから。
 え。
 お前の体は不味そうだからな。そのままではきっと喰えん。それが、お前を喰わない理由だ。
 オレに背を向けたままで、少し笑いを含んだ声で、彼はそう言った。それに。呟いて、オレを振り返る。
 お前が居なくなったら、俺は本当に行く場所を失ってしまう。蔵馬は、俺の帰る場所なのだろう。
 問われて、オレは思い出した。いつだったか、彼に言った言葉。
 オレが貴方の帰る場所になりますから。
 確かに、そう言ったけど。彼がそう思ってくれているとは、知らなかった。嬉しいけど、今、その言葉を思い出させるのは、ずるい。
 だって、そんなこと問われたら、オレは頷くしかない。
 蔵馬。何年かかるかは分からんが、俺は必ず帰ってくる。だから、待っていろ。
 言葉もなく頷いたオレに、彼は再び背を向けるとそう言った。
 待って。言いたかったけれど、言えなかった。かわりに、待ってるよ、と彼に言った。
 振り返らずに、彼が頷く。本当は手伸ばしてその身体に触れたかったけれど。オレが動き出す前に、彼は闇の中に消えてしまっていた。

 月日は過ぎ、オレは人間として生きられる年齢を遥かに超えた。それでも、妖怪なので生きている。彼はあれから一度も現れない。気配すら、感じない。死んだのではないか。ときどきそんな不安に襲われる。彼の生死を確認する方法はあった。霊界に知り合いはいる。だが、オレはそれをしないでいようと決めていた。必ず帰ってくる。彼はそう言った。そしてオレは、待ってるよ、と言った。その言葉を嘘にしない為に、オレは帰ってくることはないかもしれない彼の帰りを、待ち続けている。今までも、そして、これからも。

(2004/12/18)





関係

「あーっ、飛影!」
「な、何だ、行き成り」
「何で今日来るんですかっ!」
「……来ては行けなかったのか?なら帰るが」
「そういう意味で言ったんじゃありませんよ。そうじゃなくて、何で昨日来ないで今日来たのかってことです。全く」
「別に俺がいつ来ようが関係ないだろう。貴様がいつ来てもいいと言ったんだぞ」
「そりゃ、そうです、けど…」
「……けど、なんなんだ」
「昨日だったんですよ、クリスマス」
「は?」
「だから、クリスマスですってば」
「クリスマスが、どうかしたのか?」
「どうかしたって…。クリスマスですよ?クリスマスって言ったら、恋人同士で過ごすって決まってるじゃないですか。それなのに貴方は…。オレ、ずっと待ってたんですからね」
「ふん。待つのは貴様の勝手だろう。それに、俺は貴様の恋人などではない」
「そ、そんなっ。恋人だと思ってたのに。じゃあ、あの数々の熱い夜は!?もしかして、オレは遊び?」
「……貴様。いい加減、その冗談なのか本気なのか分からない口調はやめろ」
「失礼な。オレはいつでも本気ですよ。あーあ。体目当てかぁ。まぁ、貴方になら弄ばれるのも悪い気はしませんけどねぇ」
「だから、勝手に決め付けるな。俺はただ、恋人ではないと言っただけだ」
「だから、それが――」
「そんな安っぽい言葉で括れる関係ではないだろう」
「………じゃあ、何だって言うんです?」
「……………」
「飛影?」
「う…」
「う?」
「……運命、共同体」
「……………」
「……………」
「………ふっ」
「!?」
「あはははは」
「っ何が可笑しい!」
「いやぁ。貴方って意外と気障何だなぁって」
「……ふ、ふん。貴様の真似をしてみたまでだ」

(2004/12/28)





寒い夜だから…。

「何処に行く気ですか」
 窓を開けようと伸ばした手を、掴まれた。
「何処でもいいだろう」
 その手を振り払い、睨みつける。けれど、それよりも鋭く、俺は睨み返された。滅多に見せない気迫に、一瞬、怯む。その隙に。
「何をっ」
 俺は、その温かな腕に抱き締められていた。
「離せ」
「離しません」
「ふざけるな。離せっ」
 その背に爪を立て、服越しでも痛みが伝わるほどに強く引っかく。それでも。蔵馬は離そうとしなかった。
「ふざけてるのは貴方でしょう」
 咎めるように言い、さらに強く俺を抱き締める。
「こんな雪の夜に出掛けたら。風邪ひいちゃいますよ」
 今度は、酷く不安定な口調。その弱さに折れてしまいそうになったが。
 何とか、その腕から抜け出すと、冷たく言い放った。
「心配するな。俺は貴様のように柔ではない」
 腕から抜け出すのには成功したものの、俺の手には蔵馬のそれがあった。温もりが、伝わってくる。いつもなら安らぎを感じるはずのそれに、俺は酷く恐怖していた。
「だったら、何をそんなに震えているんです」
 蔵馬の口から出た言葉に、硬直する。
「寒いから、ではなさそうですね。ねぇ、飛影。貴方は一体、何にそんなに怯えているんですか」
 あくまでもその口調は優しいのだが。伝わる腕から伝わってくる穏やかな温もりが、俺を咎めているように思えて仕方がなかった。
「理由を言わなければ、このまま、離しませんよ」
 腕を引かれる。抵抗する気力も奪われていた俺は、そのまま蔵馬に抱き締められた。触れる箇所から、温もりと、鼓動が伝わってくる。それは確実に俺の胸を苦しめた。けれど、その優しさから離れることも、出来そうにない。
「言えば、離してくれるのか」
 蔵馬の胸に唇を押し当てたまま、言う。蔵馬からの返事はなかった。くぐもってしまったがために聞こえていなかったのかと思ったが。
「それは分かりません」
 長すぎる沈黙の後、俺の肩を掴み引き離すと、蔵馬は言った。
 真っ直ぐに見つめられて、俺は眼をそらした。そらしたままで、呟いた。
「怖いんだ。こんな雪の日に、寒さに、温もりを求めてしまうことが」
 はっきりと言うつもりはなかったが、ここまで弱々しく言うつもりもなかった。俺の口から出てきた声は、思っている以上に頼りなく、震えていた。
「寒くなければ、いいんですか」
 蔵馬の言葉に、俺は顔を上げた。それは。言いかけて、言葉が出なくなる。
 それは、いいのだろうか。いいことはない。温もりを求めること。それ自体に怯え、拒んできた。ずっと。蔵馬に、出会うまでは。
「お前が、言ったからだ」
 また、俯く。俺の呟きに訊き返してくるかとも思ったが、蔵馬は何も言わなかった。言わずに、俺の次の言葉を待っているように思えた。
 深呼吸をし、ぐ、と一度だけ強く手を握りしめる。
「誰かを。ただひとりの誰かを強く想い、求めることは、弱さではないと。俺に、そう言ったから」
 だから俺は。その先は、言葉に出来なかった。蔵馬の唇が、それを塞いでいた。そして、唇が離れると同時に、俺の肩からも温もりが消えていた。
 黙ったまま、蔵馬を見上げる。蔵馬は、もういいよ、と言った風な顔で俺を見ていた。首を横に振り、力無くぶら下がっている蔵馬の手を見つめる。
「ただ、寒さが理由になってしまうような、こんな雪の日は、嫌だ。どんなに違うと思っていても、雪の日は昔を思い出させる。それが、俺に温もりを求めさせているのだと、そう、錯覚させる。それが、怖い」
 誰かを想う強さからではなく、弱さから温もりを求めてしまうことが、怖い。
「だから俺は」
 出て行く。言おうとしたが、出来なかった。今度は蔵馬に邪魔をされたわけではない。俺自身の中にある何かが、それを言うことを拒んでいた。
「いいじゃないですか。弱くても」
 それを読み取ったかのように、蔵馬は優しく言った。片手で、俺を抱き寄せる。見ると、俺が見つめていた蔵馬の左手には、いつの間にか俺の右手が握られていた。
「オレにくらい、弱さを見せてくださいよ。大丈夫、こう見えてもオレ、口は堅いですから」
 繋いだ手を掲げ、微笑う。その手は蔵馬ではなく、俺が強く握り締めていた。

(2004/12/29)





試。

「大して俺に会いたくないくせに」
 飛影が、拗ねた。
 二ヶ月ぶりに部屋に来てくれて。嬉しかったんだけど、待ってた分の鬱憤もあって。どうして来てくれなかったんですか。オレがどれだけ心配したと思ってるんですか、と少し声を荒げて言ったら、飛影は呟くように先の科白を吐き、ベッドの隅で膝を抱えてしまった。
「会いたかったですよ。もの凄く」
 俺がいつ来ようと貴様には関係ないだろう、なんていう冷たい科白が返ってくる事を予想していたオレは、そんな彼の姿に恥ずかしながら少々狼狽えた。慌てて彼の隣に座る。
「嘘を吐け」
「嘘なんかじゃないですよ。貴方がいつ来ても良いように、窓は空き巣覚悟でずっと開けっ放しにしてたし、仕事だって家に持ち込まないようにしてたんですから」
 久しぶりだと言うのに彼は顔を膝の間に埋めてしまっていて。コートも脱いでいないから、直に彼の肌に触れられると言えば、この寒さで赤くなってしまっている耳くらい。けれど、だからと言ってその耳に触るのも、なんだか変な感じがして。仕方なく、俺は彼の肩に腕を回して引き寄せた。布越しでも、ずっと触れていれば体温は伝わってくる。
「だったら、何故会いに来なかった」
 どれくらいそうしていたか分からないけど。突然、彼が呟いた。顔は埋めたままだから、声はくぐもっていたけれど。残念なことにオレは耳が良いから。その声が落ち込んでいることまではっきりと聞き取れてしまった。
「会いたいといっても、所詮、貴様は待つだけだ」
 ずっと待っていたのに。最後の呟きは、オレの耳をもってしても何とか聞き取れる程度の音量だった。
 そう言われてみれば、そうだな。彼の言葉を反芻しながら、思った。会いたいとは言うものの、オレは結局彼がやってくるのを待つばかりで。自分から会いに行くことは殆んどしていない。彼の気配を人間界のそれも近くに感じた時に探しに行くくらいで。
 この二ヶ月も、不安にはなったものの、仕事を休んでまで魔界に彼を探しに行こうとはしなかった。けど。
「オレが魔界に行くと厄介事が起こるから極力来ないで欲しいと言ったのは、貴方じゃないですか」
「それでも会いたいのなら来るはずだろう」
 苦笑したオレに、彼はやっとのことで顔を上げると睨みつけて言った。
 何て無茶苦茶な。そう思ったけど、声には出さなかった。
「すみません」
 素直に謝る。
 オレが謝罪したことで少しは気が晴れたのか、彼は仕方ないといった風な溜息を吐くと、厳しい眼つきを止めた。自分から、オレに寄ってくる。
 じゃあ次からは、会いたいと思ったら会いに行っても良いんですね。問いかけたくなったが、これも声にはしなかった。この二ヶ月、オレも淋しかったけど彼も淋しかった筈で。だからきっと、彼が二ヶ月もオレの元を離れることはしないだろうと思ったから。それに、オレがもう二度とそんなことをさせないから。

(2005/01/14)





密殺。

「どうした」
 頭を抑えてふらつく蔵馬に、大して心配そうでもなく問いかける。
「何でもないです。大丈夫」
 すると蔵馬は、自分の頭にあてていた手を俺の頭に乗せ、微笑う。心の中にある不安を、俺に悟られないようにする為に。
 けれど、俺は知っている。いや、俺がそうなるように仕向けているといった方が正しいだろう。
「そんな状態で満足に戦えるのか」
「戦わなきゃ、貴方は満足しないでしょう。大丈夫ですよ。昨日ちょっと、仕事の所為で夜が遅かっただけですから」
 ふふ、と余裕のある笑みを俺に見せると、蔵馬は俺よりも先に窓枠に手をかけ、外へと出た。俺も、その後に続く。
 オレは人間として、人間界(ここ)で暮らす。
 魔界に来ないのか、と訊いた時に、蔵馬はそう言った。人間である限りは、南野秀一でいたい、と。
 ならば、人間としての寿命が尽きたら、魔界に来るのか。そう訊くと、蔵馬は、そうですね、と苦笑しながら言った。
 だから。その日から、俺は。
「さっさと妖孤の姿になれ」
「分かってますから、そう急かさないで下さい」
 蔵馬が精神を統一し、妖孤の姿に戻る。その様を見るとき、俺はいつもコエンマが蔵馬に話していたことを思い出す。
 妖狐になることは、南野秀一の体に負担をかける。そのまま妖狐になり続けていると、南野秀一の体は死んでしまうぞ、と。
 偶然聞いた会話だ。あの時は気にも止めなかったが。
「飛影。余所見をしていていいのか」
「ふん」
 俺に向かって伸びて来た植物を炎で焼き尽くすと、俺は後方へ飛んだ。黒龍を、頭上に向けて放つ。
 こうして蔵馬との戦闘を繰り返していれば、いずれは南野秀一の肉体は亡びる。そうすれば、蔵馬は俺と魔界で暮らすしかなくなる。
 南野秀一を殺す。蔵馬と魔界で暮らす為に。
 あの紅い髪や翠の眼に会えなくなる事は淋しいが、妖孤の姿だろうが南野の姿だろうが、蔵馬であることに変わりはない。だから俺は、躊躇いはしない。
 ただ1つ、疑問はある。
 コエンマにその話を訊かされた時、蔵馬は自分のことくらい自分が良く分かっていると言ったような言葉を返していた。
 それなのに。現にああして体調不良を起こしていたのに、俺の誘いに乗るのは何故なのか。
「飛影。何か考え事でも」
「いいや」
 それとも、もしかしたら蔵馬は既に――。

(2005/03/09)





St.

「明日、期待してますから」
「……は?」
「いや、だから、明日」
「?」
「明日は2月14日。バレンタインデイですよ?」
「だからなんだというんだ?」
「チョコ、ください」
「何故俺がお前にチョコなんぞやらなきゃならん?」
「だって、オレからあげたんじゃ、いつもと変わりないじゃないですか。ねぇ、飛影。あなたがオレに何かくれたことあります?」
「…………」
「ないでしょう?だから、下さい」
「……そんな、こと。突然言われても」
「突然って。まだ前日ですよ?」
「それに、俺は女じゃない」
「?」
「バレンタインとやらは、女が好きな男にチョコをやる日なのだろう?」
「……別に、性別は特には決まってませんが」
「兎に角。俺はやらんぞ。そんな女のようなことは。じゃあな」
「あっ。ちょっと………。仕方ない、ですね。全く」


「――と、言うわけで」
「?」
「オレが作ってみました。バレンタインチョコ。あなたが昨日来なかったから、1日遅れちゃいましたけど。貰ってください」
「………貴様、まさか」
「言っておきますけど。オレは女じゃありませんよ。それはあなたがよく知ってるでしょう?」
「…………」
「オレは女じゃないですけど。でも、あなたが好きだから。はい」
「………ぁ」
「?」
「あ、りが、と」
「………いえいえ」


「蔵馬」
「ああ、飛影。いらっしゃい。久しぶりですね。1ヶ月…くらいぶりですか」
「…………」
「飛影?」
「蔵馬、ちょっと」
「わ。んっ………ん?」
「………やる」
「あ、め?」
「今日はホワイトデイとやららしいからな」
「ああ、成る程。………飛影」
「な、何だ?」
「ありがとうございます。あなたの愛情、しっかりと受け取りました」
「………ふん」

(2005/03/14)





キヲク

「……あ」
「?」
「この花。最近、魔界で発見された新種なんです。こんな所で出会うなんて」 「…どんな効力があるんだ?」
「珍しいですね。花に興味が?」
「いや。だが、知っていても悪くはない。何も知らないまま、実験台にはなりたくないしな」
「別に使うつもりは…。けど、そんなにいうなら。説明ついでに今、試してみます?」
「…………」
「そんなに警戒しないでくださいよ。冗談ですから。…この花はね、夢幻花の一種なんですよ。ただ、この花の場合、総ての記憶を消すわけではなくて。そのヒトにとって最も大切なモノの記憶だけ、消すんです」
「…………」
「使いませんけど。もし、貴方に使ったら、雪菜ちゃんの記憶が消えるんでしょうかね?それとも、オレ?」
「……それは、お前にも言えることだろう?」
「オレは……そう、ですね。母さんと貴方のどっちが大切かなんて、オレ自身でも分からない」
「なら、お前が試せ」
「……構いませんけど。けど、どっちの結果になっても、貴方が淋しいだけだと思いますけどね」
「どういう、意味だ?」
「分かりません?オレがもし、母さんの記憶をなくしたとしたら。オレにとって最も大切なのは貴方じゃなく、母さんだということになる。それは、淋しいでしょう?」
「……さぁな」
「淋しくないなら、オレに試せなんていいませんよ」
「………うるさい」
「けど。もしオレが貴方を最も大切に想っているなら。オレの中から、貴方の記憶が消える。オレたちが今まで築きあげてきたものが、総て消えるんですよ」
「だが、それはお前の中で、の話だろう」
「けど。オレたちの関係は、どちらか片方だけの想いじゃ成り立たない。そうは、思いませんか?」
「………冗談だ」
「え?」
「お前と同じ、冗談だ。だから、その花は手折るな」
「………はい」

(2005/6/20)





交代

 ずるい。と、言われた。
 いつもいつも俺ばかり。わざわざ会いに行ってやってるのに。暫く顔を見せないと怒りやがって。だったら貴様が会いに来い。
 怒ったつもりは全然なくて。ちょっと、心配してたんだよ、って抱きしめただけなのに。彼は俺の腕からするりと抜けると、窓に手をかけて早口でそう言った。
 そうして、交代だ、と強い眼差しと共にワケの分からない言葉を呟くと、あっという間に暗闇の中へと消えてしまった。
 それから、半月。オレは彼に会っていない。
 何で会いに来ないのか、分からなかった。けど。今さっき、彼と最後に会ったときのやりとりを思い出して、気がついた。
 交代。の言葉の意味に。
 今度はお前から会いに来い。そんな意味だったのだろう。
「心外だなぁ」
 オレが待つことで、楽をしているのだとでも思っているのだろう。が。
「ねぇ、飛影。待つのって、案外辛いでしょう?」
 もしかしたら、邪眼でオレの様子を見ているかもしれないから。居ないのに、自然と話し掛けるような口調になる。待つことに慣れてしまったオレの、癖だ。
 そう。待つことは彼が思っている以上に辛い。次の予定が決まっているのなら、楽しいのだろうけど。彼は気紛れだから。来るのか、来ないのか。いつも気にしてなきゃいけない。それに会いたいときに必ず会えるってわけじゃないし。
 それでもまぁ、彼が会いに来たときに、オレが会いたくないって拒否をするのなら。待つほうが楽ってことになるかもしれないけど。オレは彼を拒否したことなんて一度もない。というか、彼がそれをさせてくれない。
 全く。そこまで好き勝手やって、何が不満なんだか。
「……まぁいいか。それは、会ってからゆっくり聞き出すとしましょう」
 ああ。でも、一つ問題が。
「ねぇ、飛影。あなた今、何処に居るんですか?」

(2005/7/9)





 日に日に弱まっていく妖気を誤魔化すのは、用意ではなかった。
 もう、南野秀一の肉体で保てる妖気は微々たる物だから。妖狐になり、南野の時まで妖気を押さえる。容姿は勿論、南野に化けて。
 それでも、次第に押さえる妖気の量は減ってきて。今では、妖孤の姿でも、南野の姿のときと同じ程度の妖気しかもてなくなってしまった。
 南野の姿に化けていられるのも、時間の問題だろう。
 妖狐になって生活をしてしまえば、もう少し楽に余生を送れただろうが。オレは出来る限り南野秀一として母の傍にいたかった。
 それに、妖狐として過ごすにしても、色々と準備は必要だ。
 まぁそれは、最後の仕上げに入っているのだけれど。
「……飛影」
 体を起こし、隣で眠っている小さな妖怪の名を呼ぶ。
「―――」
 すると、オレの呼びかけが聴こえたのか、彼の唇はオレの名を象った。嬉しさと、哀しさで、視界が滲む。
「ごめんね、飛影」
 額を重ね、呟く。
 涙が零れ落ちる前にその唇に自分のそれを押し当てると、オレは用意していた夢幻花を取り出した。

(2005/9/2)
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