甘味

「苦手なんです。甘いもの」
 他人から貰ったという菓子をオレに手渡しながら蔵馬は苦笑した。
 無造作に袋を開け、その甘味を口にしながら思う。
 ウソツキ。
「どうも胃がもたれてしまうんですよね。妖狐のときはそうじゃなかったんで、多分南野秀一の体質なんでしょう」
 ベッドに座る俺の後ろに回り、自分の胸を貼り付けてくる。
「同じだな」
 首筋をなぞる感触に思う。
「俺も甘いものは苦手だ」
 ――ウソツキ。

2007/5/29





監視

 監視されている、と制ししたにも関わらず、奴は、知っている、と囁き笑うと唇を重ねてきた。
 頬に触れていた手が首筋へと伸び、そのもどかしい感触に声を漏らしてしまいそうになる。
「別に構わないよ。黄泉はもう、オレたちのことは調査済みだから。寧ろ見せ付けてやればいい」
 ヨミ。
 魔界の三大勢力の一人。コイツの、蔵馬の本来の姿を知る男。そして、今は。
「分かっていて放っておくのか」
「放っておけないから、監視なんてつけてるんでしょう」
「そうするくらいなら、繋ぎとめておけばいいものを」
 言いながら、俺は顔を歪めた。それに気づいた蔵馬も同じように顔を歪めたが、次の瞬間には俺の目に広がりすぎて表情は見えなくなっていた。
 こうすることで繋ぎとめておけるのならば。
 舌を絡めながら何度も思う。
 だが、コイツを引き止めて置けないことくらい知っている。
 だからせめて総てを知ることで。繋ぎとめいる錯覚を味わいたいと思うのだろう。同時に屈辱を味わいながらも。それでも。
 無様だな。
 聴こえるように嬌声をあげ、笑う。
 それは自分への嘲笑でもあり、その先にいるヨミへの同情。
「無様だ」
 呟き熱を伝えてくる体をきつく抱きしめると、その白い背に紅い爪跡を残した。

2007/5/31





 抱きしめられた感覚に、戸惑った。
 今まで他人から求められて来たものは容姿だとか頭脳だとかで。霊界だって結局のところオレの能力を必要としていた。
 それが、今。
「帰って、来る。何処に行こうが、どれだけ時間がかかろうが。だから」
 待っていて欲しい。
 最後の言葉は、背中の振動で感じた。
 腹部に回された腕に力がこめられる。それは決して呼吸を阻害するものではなかったが、オレは息苦しさに喘いだ。
「ひ、えい」
 彼の手に自分のそれを重ね。ようやくのことで声を出す。
 彼が、オレの何を必要としているのか。見え隠れする答えに、酷く戸惑っていた。
 ずっと。快楽だけを求めているのだと思っていたから。
「オレは」
 彼の手を強く握り、剥がす。けれどその手は解かずに彼を振り返った。不安げに見上げる彼に、微笑いかける。上手く微笑えていたのかは分からないが。
「オレは、あなたを待ってるよ。例えあなたがオレのことを忘れ、二度と帰ってくることがなかったとしても。オレはずっとあなたを待っている。誓うよ」
 彼を引き寄せ、唇を重ねる。潤んだ目を見られないようにしたつもりだったが、それは逆に頬を伝って彼の元へと届いてしまった。
「蔵馬?」
 彼の頬に落ちた自分の雫を指で掬い、今度こそ微笑む。
「ありがとう」
 不意に、そんな言葉が出てきた自分が。可笑しくも哀しかった。

2007/8/12





歩く

無理矢理に手を繋がれた。
なんだと見上げれば、たまには歩きましょう、と言われた。
メンキョというものを俺は持っていないし、デンシャに乗る金も持ち合わせていないから。俺の移動手段はコイツの車にでも乗らない限り専ら徒歩であるはずなのだが。
「あなたは道を歩かないから」
考えていることを読んだかのように奴が微笑いながら言う。
「いつもは見下ろす緑を、今日は見上げて歩きましょう」
人が行き交う道。はぐれないようにするためというのが半分なのだろうと思われる手。だがそれもたまになら悪くないだろう、と。俺は委ねるように無言で奴の手をしっかりと握った。

2007/11/14





RING

「……飛影?」
 まじまじと手を見つめられ、少し戸惑った。指先に感じる温もりにも、当然。
「何?」
 問いかけるけれど、彼は構わず。指先に唇を落とすと、そのまま静かに舌を這わせた。
「積極的なのは嬉しいんですけど。ねぇ、飛影」
「人間は誓いを立てると、ここにリングを嵌める習慣があるらしいな」
 ようやく言葉を発した彼が示したのは左手の薬指。
「……幽助に何か吹き込まれたんですか?」
 相変わらず、オレの問いかけには答えず。彼は何かを企むような笑みを見せると、オレの薬指を口に含んだ。
 特に大きいというわけではないけれど、身長からしてオレの指は長い。にも関わらず、彼は根元まで咥えた。少し、苦しそうな表情をしながら。
 けれど、何かを連想させるような動きをするようなくとはなく。彼はオレを見つめると、強く口を閉じた。
「痛っ」
 鈍い音がした。そしてそれは数回繰り返された。
 流石に骨まで以上は出ていないだろうが、彼の口から吐き出された指には赤い歯型が内出血となって輪のように出来ていた。
「変わりだ。消える頃、また来る」
 口の中で呟き、上着を羽織る。そのまま窓を開けようとするから。慌ててその手を捉まえた。
「なんだ?」
「指輪はね、交換するものなんですよ」
 彼の手を掴み、同じように痕をつける。痛みに引こうとする手に構わず。
「それと。この誓いは生涯をともにするというものなんです。それなのに、出て行くんですか?」
 彼の指にリングが描かれたのを確認し、
「だから。また来ると言っている。薬草、使うなよ」
 オレの手を振りほどき早口で言うと、彼はオレが言葉を返すよりも先に部屋を出て行ってしまった。
「……飛影」
 開け放たれたままの窓を見つめながら、溜息をつく。
 右手は無意識に赤いリングを触っていた。

2007/12/11





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送