深夜の霊界にて。

「コエンマ様」
「っ、様はやめろと言って」
「何だ。妖狐(この姿)なのが可笑しいか。声で気付け」
「うるさいっ。で。何しに来た」
「オレがわざわざ妖狐になってやったんだから、することは1つしかないだろう。さっさと青年の姿になれ。魔界でオレと会っていた頃の姿に」
「拒否権は」
「拒否しても良いが、そのときは魔界植物(こいつら)に手伝ってもらうことになるな」
「結局拒否は出来んということか」
「する気もないのだろう」
「うるさいぞ」

「お前は、飛影が好きなんだろう」
「そうだな」
「じゃあ、何故わしのところに来る」
「飛影は。南野秀一には興味がないらしい。興味があるのは、妖狐。だからオレは、彼の前では絶対に妖孤の姿にはならない」
「その代わりに、わしの前では妖狐になる。当て付けかなにかのつもりか」
「他にも理由はあるのだが。まぁ、そんなところだろう」
「そのせいで、わしの命が危険に曝されるということは考えんのか」
「お前が。何故」
「何も気付いておらんのか、お前は。相変わらず、自分のこととなると鈍いな」
「何だ」
「別に。知らないなら知らないままというのもたまにはいいんじゃないか。お前はいちいち知りすぎだ」
「お仕置きを、されたいか」
「したければすればいい。夜明けまで大分時間はあるからな」
「そうか」
「蔵馬」
「多忙のコエンマ様に徹夜をさせるわけにはいかないからな。オレは人間界に帰るとしよう」
「そうか。帰ってしまうのか」
「何だ。オレにもう少し一緒にいて欲しいのか」
「だとしたら、どうする」
「冗談。だとしても、オレは人間界に帰るさ。いつまでも妖狐(この姿)でいるわけにもいかないしな。どうせ、南野秀一(今のオレ)に戻ったらお前もオレに興味を失うさ。何だ、変な顔して」
「いい。だったらとっとと帰れ。わしはもう寝る」
「そうか。じゃあ。おやすみ。コエンマ様」
「様はやめろ」
「また来てやるよ、コエンマ」

「本当にわしらの気持ちに気付いておらんのか。この馬鹿者が」

(2004/9/26)





こたつ

「どうです?人間界の冬も、悪くはないでしょう」
「人間界だとか冬だとかいうよりは、コレが、じゃがな」
 まぁ、それもそうか。こたつに入り、不器用に蜜柑を剥く彼に、オレは微笑った。振り返り窓の外を見ると、今にも雪が降り出しそうな空だった。
「ねぇ、コエンマ様」
「様づけは止めろと言っておる。それに敬語もだ」
「すみません。もう殆んど習慣になってしまっているので」
「ったく。仕方がないのぉ」
 ぶつぶつと呟きながら、蜜柑を口に放る。その彼を見てオレも溜息をついた。
「オレは妖孤の姿になるとか相手が敵でもない限り、昔の口調にはなりませんから。オレがこの口調を直すよりも、あなたがオレの口調に慣れた方が早いんじゃないですか?」
「だったら、お前がワシの前では妖孤の姿でいればいいではないか。ワシが今、青年の姿であるように」
「それなら、魔界で会わなくちゃならないじゃないですか。嫌ですよ。そんな面倒なこと。だいいち、オレはあなたに敬語を使うことには全く抵抗がないんですから」
 言いながら、勝手だな、と思った。魔界にいた頃の彼は、霊界から離れると言うことで無論青年の姿で。霊界で初めて幼児の姿の彼を見た時には、正直、ショックを受けた。
 慣れようとは思ったけれど、どうしても青年の姿の彼と幼児の姿の彼を同一人物とは見れなくて。仕方が無いから、オレは彼に会う時は出来るだけ人間界に呼び出すようにしている。そうすれば、青年の姿にならざるを得ないだろうし。
 ただ、オレがそれを理由に霊界ではなく人間界で会っているということを彼は知らないから。彼の口から勝手だと言われることはないのだけれど。
「あ。それとも、オレの敵になります?そうすればきっと昔のような口調で話しが出来ると思いますよ」
「バカをいうな。敵になったら、会えんだろうが。もし会ったとしても、殺されてしまうわ」
「あ。それもそうですね」
 投げられた蜜柑の皮。それを受け取ると、オレは微笑った。反対に、彼は不満げな顔をして、残った蜜柑を食べていた。
「………仕方がない。ワシがなんとか慣れてやろう」
 持っていた蜜柑を全て食べ終えると、彼は少し偉そうに言った。違うか。彼は閻魔大王の息子で、実際、偉い。
「その代わり、当然お前にも手伝ってもらうぞ。それは分かっとるな?」
「うん?」
 訊き返すオレに、彼は顔を背けると、コホン、と咳払いをした。オレに顔を戻した時、その頬は少し赤くなっていた。
「……ワシが早く慣れるように、蔵馬、お前は出来る限りワシの傍にいるんじゃぞ」

(2004/12/5)
こたつ・2

「寒いっ」
 現れて早々、彼は言った。本を閉じ、はぁ、とだけ答えてみる。
「はぁ、ではない。寒い、と言っておる」
 思わず、だから?と訊き返したくなるのを堪えると、オレは隅に寄った。待ってましたとばかりに、彼がオレの隣、こたつに潜り込んで来る。
「…すっかりお気に入りですね、こたつ」
「何を拗ねておる。お前のうちのこたつだからに決まっておろう」
 その言葉で、オレは傾きかけた機嫌を元に戻した。全く。無意識に嬉しいことを言ってくれるから、本当に、困る。
「別に、拗ねてませんよ。ただ、貴方とこたつってきっと誰もイメージ出来ないだろうなって思っただけです」
 彼の顔を覗き込み、クスリと微笑ってみせる。一瞬にして頬を真っ赤にすると、彼は僕から眼を逸らした。かわりにというかなんというか、体を寄せてくる。
「イメージなど出来なくてもよいと、ワシは思うが」
「はい?」
「このワシのユルイ姿を知っとるのは、蔵馬だけでいいということだ。それくらい察しておけ」

(2005/01/04)





ノータイトル。

「終わった。っと」
 シャープペンを置き、椅子の背もたれに寄り掛かる。後ろに倒れないように気をつけながら伸びをすると、オレはそのまま天井を見つめた。
「終わりましたよ」
 見慣れた天井に向かって、呟く。当然、戻ってくるのは跳ね返ったオレの声。だから、もう一度。
「終わりました」
 今度は笑顔つきで、呟く。
「ワシに出てきて欲しいなら、素直にそう言わんかい。お前は分かり辛くて構わん」
「何言ってるんですか。貴方こそ、見てるくらいなら、さっさとオレの前に現れればいいのに」
 視界に、逆さまに彼が映る。体を起こし、椅子を回転させると、オレは真っ直ぐに彼を見た。
「……何だ、気づいておったのか」
「いいえ。当てずっぽうで言っただけです。呼びかけたら本当に貴方が現れたので、少し、驚いたんですよ。これでも」
 流石にオレでも、霊界から見られていたのでは気配を感じ取ることは出来ない。ごく稀に、視線のようなものを感じることはあるけれど。
「ならば、ワシが現れなかったらお前は」
「まぁ、独り言の多いヒトってことになるでしょうね」
 少しおどけた調子で言うオレに、彼は呆れたと言いたげな溜息を吐いた。その後で、ふ、と微笑う。
「安心せい。お前が独り言の多い危ないヤツだと言う事は、ワシだけの秘密にしておいてやる」
「秘密にするくらいなら、応えてくれたほうが嬉しいんですけどね。覗き魔さん」
「のぞっ…。まぁ、そうだな。わかった」
 降参だとでも言うように。彼は右掌をオレに向けると、ベッドに腰を降ろした。
「その分かったって言うのは、もう覗かないってこと?それとも」
「お前の呼びかけには応じるということだ。但し、いつでもワシが見ていると思って呼びかけてたら、お前は本当に独り言の多いヤツになるから気をつけるんだな」
 ワシはこれでも忙しいんだぞ。オレを指差しながら、少しだけ偉そうに言う。その姿は仕事に追われて疲れているという風には見えなくて、オレは思わず微笑った。
「何を笑っておる」
「いえ。忙しい中、わざわざ人間界に足をお運びいただき、ありがとうございます」
 お礼に、マッサージでもいかかですか?営業口調で言うと、オレは椅子から立ち上がり、彼の隣に座った。その肩に、腕を回す。
「ねぇ、おにーさん?」
「………お前、ワシが誰だかわかっとらんだろう」
「分かってますよ。コエンマ様でしょう?それよりも、貴方こそ、オレが誰だか分かってます?」
「……南野、秀一だろう」
「ハズレ。オレはね、妖狐蔵馬。獣(ケダモノ)なんですよ」
「………っ。おい」

(2004/12/19)





プレゼント。

「ほれ」
「………はい?」
「いいから、受け取れ」
「…………」
「指令ではない。裏もない」
「本当ですか?」
「本当だ。たまにはワシを信用せぇ」
「行き成り現れて行き成りそんなこと言われても、信用できるはずないでしょう。それに、相手はコエンマ様なんですから」
「……様は止めろといっておる」
「何が目的です?」
「…言えば、受け取るか?」
「まぁ、内容次第ですけど」
「……今日は、クリスマスだというではないか」
「ああ。そう言えば、そうですね」
「だからだ」
「………はい?」
「だーかーらっ。クリスマスプレゼントだといっておる」
「はぁ」
「受け取れ」
「……オレに?」
「他に誰が居ると?」
「……………ありがとうございます」
「ったく。いちいち手間のかかる奴だ」
「でも、コエンマ」
「なんだ?」
「何で?」
「だから、クリスマスプレゼントだといっておろう」
「いや、それは分かるんですけど」
「分かっとるんだったら、素直に受け取っておけ。ワシは帰る」
「えっ?ちょっ…………って。だから、信用して欲しいんだったら、突然な行動を止めればいいのに。それにしても。プレゼント、か。らしいというか、なんというか。まぁ、いいかな。何も要求されなかったわけだし。ねぇ、裏、ないんですよね?」

(2004/12/27)





タイムリミット(※蔵飛前提)

「どうしてこんな無茶ばかり…」
 魘されている蔵馬の額に手を翳すと、気づかれない程度の霊気を送った。蔵馬の寝息が、安らかなものにかわる。
 そのことにほっと胸を撫で下ろすワシとは反対に、窓の外ではちっと舌打ちをする輩。
「ひ、えい。ごめん」
 窓の向こうの影に視線を向けていると、辛そうに、蔵馬が呟いた。起きてしまったのかと一瞬驚いたが。どうやら、夢を見ているだけのようだった。
 しかし、長居は無用だ。
 思わず触れてしまいそうになるその手を握り締めると、わしはそのまま霊界へと戻ることにした。無論、ワシが来たという痕跡は、残さず。

 妖狐に戻ることをしなくても、その力を取り戻してしまった蔵馬は、それだけで南野秀一の生命を削っている。このままでは、死んでしまう。助かるには、南野秀一の肉体を捨て、妖狐に戻ること。そのことは、蔵馬も分かっている。
 それなのに、蔵馬は未だに南野秀一の肉体にいる。もう、普通なら、立って歩く事も出来ない程なのに。
 昼間、笑顔で同僚と会話をしている蔵馬を思い出し、ワシは溜息をついた。
『何故、妖狐に戻らない?』
『オレは、人間として生きるって決めましたから』
『ならば、妖狐に戻ってから、南野秀一の姿に変化すればいいではないか』
『それじゃ駄目なんです。オレは人間として、彼女の息子として、一生を終えたい』
『だが、幽助も言っていただろう。親より早く死ぬ事ほど…』
『それでも。…それでも、オレは南野秀一でいたいんです。例えその所為で早く死んだとしても。彼女の息子として、彼女に看取られて、逝くのなら。それで、いいんです』
「いいわけないだろう」
 握り締めた拳で、机を叩く。
「いいわけが、ない」
 自分の無力さに、拳を引き摺りながら、そのまま椅子にもたれた。目を瞑り、溜息を吐く。
 蔵馬は、本気だ。
 人間として生きるという事を決めてから、妖怪として戦った時以外での傷や病は、薬草などを使わずに人間界の薬を使って治している。誰にも気づかれないような小さな傷でも、だ。
 こうなってしまった蔵馬の意思を、変えることは難しい。
 だからワシは、少しでもその寿命が延びるように、気づかれぬよう南野秀一の肉体に霊気を送る事しか出来ない。だがそれも、蔵馬の苦しみを悪戯に引き伸ばしているだけ。
 蔵馬の意思を変えられるのだとしたら、それは南野秀一の母親か、飛影しかいない。
 だが、そのどちらにも事情を話すことを蔵馬に止められている。
 いや、例え止められていなかったとしても、母親には話せんだろう。ここでワシが総てを打ち明けてしまえば、今までの蔵馬の努力が無駄になってしまう。それに、蔵馬を受け入れてくれるとも限らん。下手をすれば、逆効果になってしまう虞もある。
 ならば、飛影になら…。
 いいや。ワシが言っても、信じてはくれんだろう。あの舌打ち。飛影は、恐らく勘違いをしている。南野秀一の肉体が亡びれば、蔵馬は妖狐として、妖怪として自分と一緒に暮らすだろうと。
 だがそれは、南野秀一の肉体を捨てるのなら、の話だ。
 今のまま、南野秀一のまま蔵馬が死んでしまえば。妖孤の肉体も一緒に死んでしまう。それを、飛影は知らんのだ。
「……何故、ワシではなかったんだ?」
 蔵馬が、飛影ではなくワシを選んでいれば。その思考を変えることが出来ただろうに。
 タイムリミットまで、あと僅かしかない。このまま、ワシは蔵馬の死を待つことしか出来んのだろうか?

(2005/03/22)





散歩

「何処から沸いて出た」
「沸いてはいないですが。窓から」
「飛影か、お前は」
「いいですね、それ。そうしたらオレ、毎日あなたの部屋に忍び込んであげますよ」
「五月蝿い。仕事の邪魔だ。締め出すぞ」
「そんなに怒らなくても。散歩のついでに寄っただけですから、すぐ帰ります」
「ついで、だと」
「そ。ついで、です。何かご不満でも」
「ついでなら、来るな」
「それは、ついででは嫌だということですか」
「違っ」
「ついでじゃなければいい、と」
「違うと言っておろうが。この馬鹿者っ。お前の気紛れで仕事の邪魔をされては溜まったもんじゃないというだけだ」
「気紛れ、ね。なんか、ますます飛影っぽいですね」
「他人事みたいに言うな。お前のことだ」
「そんな風に言ったつもりは、ないんですけどね。まぁ、しょうがない、か。はい、プレゼント」
「お前の我侭を聞いてやる気はないぞ」
「酷いなぁ。違いますよ。貴方に我侭を言いに来たわけじゃないですから。散歩の途中で、今日を思い出しまして。うっかり買ってしまったので、渡してみただけです」
「言ってることがさっぱり分からんが」
「じゃあ、オレ、そろそろ帰りますんで。それ食べて、残りの仕事、さっさと片付けてください。また後で、今度は、ついで、じゃなく来ますから」
「お、おい。蔵馬っ」

2006/2/14





 夢のようだな、と呟けば。ならば夢なのだろう、と笑った。
 その余裕に苛立ちを覚え。唇を塞ぐと、逆に呼吸を奪われた。
「悔しいか?」
 自由になった呼吸に、酸素を取り込むことに夢中になっていると。思っていたことを先回りして声にされた。事実悔しいから、ワタシは、悔しい、と声にした。
 途端。それまで余裕を見せていた妖怪の表情が崩れる。
「どうした?」
「……予想外の、ことを言われたんでな」
 意地を、張るものだと思っていたんだが。呟いて、額に浮かぶ文字に唇を落とす。
「素直になれと、お前がいつも言ってるのだろうが」
 頬に触れる銀を指で梳くようにして避けると、してやったり、とでも言うようにワタシは笑った。

2007/3/22
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