狐の婿入り

「断る」
「そう言うなよ。俺を助けると思って」
「だったら尚更嫌だね。大体どうしてオレが…」
「頼むっ。これは修羅の為でもあるんだ」
「修羅くんの?」
「そう。それは一ヶ月前のこと――」

『パパー。何でパパはいっつもかっぽうぎ着てご飯作ってるのー?』
『それはなー。パパがママの代わりでもあるからだー。ほら、お味噌汁できたぞー』
『パパー。何でパパはいっつもお洗濯してるの?』
『それはなー。パパがママの代わりだからなんだぞー』
『パパー。何でパパはいっつも掃除機かけてるの?』
『それはなー。パパがママだからだぞー。……ん?』
『パパ、じゃあ、パパは?僕、ママはパパでいいけど、パパはパパじゃなくてもっとかっこいいパパがいいな』

「と、いうわけだ」
「何が『と、いうわけだ』だ。バカか?」
「修羅もお前ならパパで良いと、いや、寧ろ蔵馬にパパになって欲しいと言っているんだ。頼むっ。俺のところに婿に入ってくれ」
「………だって今、お前貧乏だろ?」
「うがっ…」
「しかも魔界はオレの職場には大分遠いし」
「………。」
「まぁ、お前が嫁に来るって言うなら考えてやらないことも――」
「嫁に行きます!」
「やっぱり、断る」
「何故だ!?」
「金とか場所とかの問題じゃなく、お前と一緒に暮らすのが耐えらない。一体何なんだ、その格好は」
「……割烹着だが?」
「それは理解ってる。そうじゃなくて」
「修羅がそろそろ帰ってくるからな。夕飯の支度をしていたんだ。そうだ。蔵馬も食べていけばいい。俺の料理は上手いぞ。毎日『デリデリキッチン』見ているからな。さぁ!行こう。我が家へ!」
「…………。」

(2004/9/8)
その夜…。

「くらまー。一緒に寝よう?」
「オレはまだ起きてるから、パパと寝なよ」
「だからくらまと寝るって言ってるんだよ。蔵馬はパパなんだし」
「(まだそうなると決めたわけじゃないんだけど。)そうじゃなくて。黄泉と寝なって言ってるんだよ」
「だってパパ…椅子の上でしか寝ないんだもん」
「あー。そっか。まだそうやって寝てるんだ」
「ボクも大人になったら、パパみたいにあちこちから角が生えてくるのかな?パパみたいに座って寝なきゃ駄目なのかな?」
「多分、それは大丈夫だよ。黄泉はちゃんとそこらへんのこと考えて修羅くんを生み出したはずだから」
「そうなの?」
「そうだよ。黄泉も自分の角は何かと不便だって言ってたしね」
「すごいね、くらま。パパのことなんでもわかるんだ」
「…………」
「ねー。一緒に寝よう?」
「まぁ、いいか。わかった。でも、このことは黄泉にはナイショだよ?」
「なんで?」
「ヤキモチ焼くからさ」
「……ボクに?それとも蔵馬に?」
「……………さぁね」

※翌朝。黄泉にバレます。嬉しくって、修羅くん喋っちゃったよ。
「蔵馬っ、酷いじゃないか。オレだってまだ修羅と一緒に寝たことがないというのに。修羅も修羅だ。普通こういうときはパパとママで一緒に寝させてあげるもんなんだぞ。パパを差し置いて蔵馬と寝るんじゃないっ!」
「黄泉…お前、キモいよ…」

(2004/9/9)





理由は簡単。

「オレは帰る。飛影が来るかもしれないしな。じゃあね、修羅クン」
「うん。バイバイ。くらま」
「……飛影、か。どうせお前の所に来るかどうか理解らないのだろう?」
「だが、来ないとも言い切れない。それにここにいつまでも留まっている理由もない」
「………飛影。に、黒鵺、か。何故、俺ではないんだ?」
「黄泉?」
「いつもいつもいつもっ。どうしてそうお前は居るか居ないか理解らないような奴のことを想う?俺の方が、死んだ奴よりも、来るかどうか理解らない奴よりも、ずっとお前を愛しているのにっ!俺の何処だ駄目なんだ?」
「………何だ。そんなことか」
「そんなことだと!?」
「角。嫌いなんだ」
「えーっ。じゃあ、くらまは僕のこと嫌いなの?」
「ううん。修羅クンの角は好きだよ。可愛いしね」
「えへへ」
「……ちょっと待て。どうして俺のは駄目なんだ?」
「だって、後ろに角あったら、押し倒しにくいだろ?それが嫌だ」
「……………そんな理由で」
「一番手っ取り早い理由がそれだ。不満なら、他の理由もあげてもいいが…」
「………」
「丸一日かかるぞ」
「………」
「やーい、パパの嫌われものー」
「……修羅まで。ぐすん」

(2004/9/12)





夜更け

「修羅は寝たのか?」
「ああ。やっとな」
 溜息をつきソファに座ると、黄泉が茶を淹れてきた。悪いな、と呟き、茶を啜る。
「………何だ?」
 オレをじっと見る視線に気づき、問いかける。が、オレと眼を合わせると、黄泉は、何でもない、と呟いて顔を伏せてしまった。
 仕方ないな。
 溜息をつき、もう一口茶を啜る。
「美味い」
「……そうか」
 優しく微笑うオレとは対照的に、黄泉は無表情で答えた。いや、無表情と言うよりはニヤけそうになるのを堪えているような顔だ。
 普段は簡単に顔を崩すのに、肝心なところになるとこれだ。そういうところは、昔から変わらないな。
「く、蔵馬」
 湯飲みに淹れられた茶がなくなる頃、意を決したように黄泉は言った。
「修羅も眠ったことだし。夜も深い。だから。昔の、姿にはなってくれんか?」
 オレの隣に座り、のそのそと近づいて来る。明日は仕事もあるのだけれどと思ったが、まぁ最近は修羅くんが眠りにつく前に帰ってしまっていることだし。オレは寝不足になるくらいで実際明日が辛いのは黄泉のほうだし。これも、仕方ない、で済ませられる範囲だろう。
「仕方ないな」
 深呼吸をし、眼を瞑る。
 次に開けたときには、目線が少し高くなっていた。
「抱いても?」
「お前の為にこの姿になったんだ。好きにすればっ…」
 いい、と言い終わる前に、黄泉はオレを強く抱き締めてきた。そのことで精一杯で、他のことは特に考えていなかったのだろう。触覚が肌に突き刺さった。
「やはり、お前はこの姿のほうがいいか?」
 酷く喰い込んでしまう前に、後頭部にある角を掴むと、オレは黄泉を引き剥がした。その行動でなのか、肌に薄っすらとついてしまったであろう痕を見てなのかは知らないが、手を放したオレに黄泉は再び抱きついてこようとはしなかった。ソファの上に正座をし、体ごとオレのほうを向く。
「人間のお前が嫌いだいうわけではないのだが。いや、寧ろ好きなのだが。その、あれだ。自分よりもうんと小さなものに、というのも、な」
「そうか。オレとしては南野秀一の姿でもお前を満足させられる自信はあるのだが。まぁ、いい。お前が南野秀一(オレ)を好いていると分かっただけでもよしとしよう」
「俺も馬鹿ではない。時間はかかったが、どちらも蔵馬であることに変わりはないのだと理解した」
「それでも、南野秀一の姿で抱かれるのは嫌だ、と」
「…………」
 黙りこくる黄泉に、溜息混じりに微笑うと、オレは軽く手を広げた。吸い込まれるようにして黄泉の体が腕の中に入ってくる。
「今はいいが、そのうちあの姿にも慣れてもらわないと困る」
「?」
「不意打ちが出来ないだろう?」
「っ」
 一瞬にして黄泉の顔が朱に染まる。それでもあくまで無表情でいようとするその姿が可笑しくて、オレは思わず声を上げて微笑った。

(2004/10/3)
起きてみた。

「ぱぁぱぁ〜?まだ起きて……パパっ!?」
「し、修羅。これは違うんだ。これは、その…」
「パパ、蔵馬だけが好きだって言ってたくせにっ。そんな知らない人となんてフケツだよっ」
「って。え?」
「パパなんて嫌いだ!蔵馬に言いつけてやるっ。それで蔵馬はボクと二人で暮らすんだっ。この家も出てくからねっ」
「……修羅?」
「お前。オレが妖狐だということを教えてはいないのか?」
「いや…教えたはずなんだが…。いや、そんなことより、蔵馬。頼むから修羅の前で元の姿になって誤解を解いてくれんか?」
「…………断る」
「何故だ?」
「ふ。そのかわり、明日も仕事が終わったら遊びに来てやる。勿論、南野秀一の姿でな」
「……俺たち親子の仲を引き裂いて面白いか?」
「それなりにな」
「…………」

(2004/10/3)





ノータイトル。

「もう、行くのか?」
「ああ。修羅が急かすんでな」
「……そう」
「修羅。悪いが、先に行っていてくれないか?俺は少し蔵馬と話してから行く」
「うん。良いけど。……パパ、迷子にならない?」
「はは…。ならないさ。パパは修羅の居る所ならすぐに分かるからな」
「ふぅん。じゃあ、先、行く。じゃあな、蔵馬!次会った時は絶対蔵馬よりもパパよりも強くなってるから、覚悟しとけよ!」
「楽しみにしてるよ。またね」
「…次、か。そんな日は――」
「楽しみだな」
「………そうだな。その時は、きっと俺の強力なライバルになっているだろうな」
「オレは除け者ってわけ、か。まぁ、オレなんか簡単に追い越されてしまうだろうし、仕方ないか」
「そう言う意味ではない」
「?」
「まぁ、構わんさ。お前はそう言う奴だ。昔から」
「…………黄泉」
「何だ?」
「すまない」
「気にするな。感謝しているくらいだと言っただろう」
「そのことも、そうだけど。今回のことも」
「今回の?」
「まさか本当に、お前が国を捨てるとは思ってなかった。その所為で、今はこんな――」
「そんなことか。それもお前が気にすることではない。俺は俺の意思でこの大会に参加したのだからな」
「だが…」
「組織はまた作れば良い。これはお前の台詞だ。といっても、もう組織を作ることはないがな」
「…………」
「少し、お前が羨ましい」
「?」
「お前は今はただの蔵馬なのに、あの頃と変わらない、いや、それ以上の絆で結ばれた仲間がいる。なのに俺はこの様だ。全てを失った俺を慕ってくるものは誰もいない。結局、あいつらが慕ってたのは俺自信ではなく、俺の力だったということだ」
「誰もいない、なんて言うなよ。お前には、修羅くんがいるだろ?」
「修羅は今はまだ弱いからな。強くなたら1人立ちするだろう」
「……それに、オレもいる」
「…………」
「…………」
「……はっ。冗談はよせ。今のお前に言われても、嬉しくなどない」
「妖孤の姿なら良いのか?」
「そういうことを言っているのではない」
「分かってる。少し、言ってみただけ」
「……そうか」
「だけど、さっきの言葉は冗談なんかじゃないから」
「……そう、か」
「もうすぐ、魔界と人間界との結界がなるなる。そうしたら、会いに来るさ」
「俺が何処に居るのか分からないのにか?」
「同じだよ。お前が修羅くんの居場所が分かるように、オレにもお前の居場所くらい分かる。お前は、変わってないからな」
「……信じて、いいのだな?」
「疑うことが出来るなら、疑ってくれても構わないけど?」
「冗談言うな。俺がお前を疑えないことくらい分かっているのだろう?」
「ふ。そうだったな」
「そういうことだ」

※アニメ最終話の前話の捏造。(2004/11/6)





性分。

「奥の手は先に見せるな。見せるなら、さらに奥の手を持て、か」
「何だ?」
「これは、生きていく上での言葉だと思っていたが。正確には、お前と生きていく上での言葉だったようだな」
「まぁ、全てが見えたら、あとは飽きるだけだからな」
「だから、俺を殺そうとしたんだろう?興味を失ったから」
「……気づいていたのか」
「最近、そう思うようになっただけだ。興味を失えば一緒にいる意味もない。お前は宝よりもその前のトラップに興味を持っていたからな」
「宝にも、興味くらいもったさ」
「古書や価値の不明なものならばな」
「だが、宝にはかわりないだろ。……そんなことより。突然、どうした?」
「いや…ただ、どうしてお前は、一度は殺そうとした相手の傍にいるのか不思議に思ってな」
「お前が脅したからだろ」
「用は済んだ。今更、お前の両親を殺す気などない。それとも、一度失った興味を、再び取り戻したとでもいうのか?」
「……そうだな。全てを見たと思ってたが。久しぶりに会ったお前は変わっていた。今は、少し、興味がある。だから殺さないし、傍にも居る」
「俺は、変わったのか?」
「変わったさ」
「例えば?」
「角。耳。目。まぁ、目はオレが変えさせたようなものだけど」
「……見た目、だけか?」
「後は、そうだな。お前がこれほどまで親バカだとは思わなかった。お前の親バカぶりは、この先もオレを楽しませてくれそうだ」
「……そう、か」
「おいおい。落ち込むなよ。今のは本当のことだけど、それが全てとは言ってないだろ」
「どうせなら、今のは冗談だ、といって欲しかった…」
「ふ。……ああ、それと。修羅くん。彼はこれからまだまだ強くなりそうだし。お前に飽きても、彼には当分飽きそうにないかな」
「…………」
「何だ?」
「俺に飽きたら、また、俺を殺すのか?」
「さぁな。まぁ、彼のために、暫くは生かしておくさ」
「…………」
「だから、いちいち落ち込むな。今のは、冗談だ。今更、オレがお前を殺せるわけ無いだろ?」
「それは今のお前の気持ちだろう。先のことは分からない。お前は気まぐれだからな」
「今の気持ちだけじゃ不満?」
「………いいや。充分だ」

(2004/11/24)





騙し合い

「蔵馬」
 黄泉はオレの髪に触れるとき、少しだけ顔を歪める。
 隠しているつもりを見抜かれていることくらい、オレの心音で気づいているはずなのに。彼は未だに不完全なポーカーフェイスを続けている。
 だからオレも見抜いていることを気づかれていることに気づかないフリをする。
 声も形も変わった。根底にある思考は変わっていないかもしれないが、表層に現れるものは変わった。もう別人と思ったほうが楽だろう。
「蔵馬」
 それでも彼は時折現れる昔のにおいに無理矢理にオレを妖狐だと思い込もうとしている。そうすれば、自分の気持ちを汲んだオレがその姿になるとでも思っているのだろうか。
「変わらず、お前は優しいのだな」
 髪を梳いていた手が止まり、首を掴まれる。
「優しくて、残酷だ」
 次第に指先にこめられる力。一瞬鋭い痛みが走り、立てられた爪のせいで皮膚が切れたことを知った。
「黄泉」
 言葉を、放つ。感情は上手く消せたが、そうしていることには感づいたのだろう。彼はいつ覚えたのか知れない笑みを浮かべると、ゆっくりと手を離した。
 見えもしないだろうに指先を彩る紅色を眺めては、それを口へと運んだ。
 オレの血は人間の味がするのだろうか。それとも妖怪の味なのか。彼がオレを口にする度に疑問に思う。彼の味は変わっていない。
「黄泉」
 もう一度、呼ぶ。今度は少しだけ感情をこめて。姿を、変えて。
 驚く彼には気づかぬフリをして滲む首筋をなぞり、何か言おうと開いた口に指先を押し込んで。絡み付いてくる感触に何故だかオレは安心していた。

2007/5/1





監視

「見られているぞ」
「そうだな」
 承知の上、か。
 伸びてくる手を掴まえ、自分の頬に触れさせる。右手で銀色の髪を梳くと顔が近づいてきた。
「監視とは、随分悪趣味なことをするようになったんだな」
 その言葉は誰に向けて言っているのだと思いながらも、今度は銀髪を引き、唇を重ねた。
「情報収集と言って欲しいな。これはお前の真似だよ、蔵馬」
「充分過ぎるほど情報は持っているだろう」
「俺が最終的に欲しいのは情報などではない。分かってるだろ」
「体ならくれている」
 爪の先で絵でも描くように肌をなぞられ、俺は短く息を吐いた。
 何時間か前に見た映像が脳裏に蘇る。
 悪趣味なのはどっちなのだと。口元に笑みを浮かべながらこちらを見つめていた碧(あお)い瞳に問いたくなる。
「蔵馬」
 熱い声で名を呼び白くしなやかな体を抱きしめるフリをして、背中の爪跡に触れる。
 その確かな感触に叫びだしそうになるが、唇を合わせることで何とか凌いだ。
 無様だな。
 重ねるように爪を立てながら、思う。
 無様だ。
 きつく握られた拳。指先が手のひらに食い込む。
 そのリアルな感触は俺のものなのか、それとも誰かのものなのか。
 確かめようと手のひらを掲げてみたが、金色の目に阻まれてそれは出来なかった。

2007/5/31
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