PURIFIER
「動くな」
 部屋に入ってくるなり剣を突きつけてきた。何と問いかける間もなく、殺気立った目に捉えられる。
 だからオレは、殺されることを覚悟で彼の頬に触れると、唇を重ねた。相変わらず殺気は消えていないが、彼は拒否をしなかった。それどころかいつも以上に素直に受け入れて、少々面食らった。
 唇を離すと、少し下がっていた剣先がまたオレの方を向く。構えた腕が黒く焦げていて、思わず顔をしかめた。
「腕、大丈夫ですか?」
「人の心配より自分の心配をしたらどうだ。偵察とやら、してきたのだろう?」
 鴉たちの試合を観に行くことは、オレが彼を誘ったこともあり事前に知っていたはずだ。なのにそんな問いをしたのだとすると、行ってきたかどうかを聞いているわけではないらしい。殺気の原因は、そこか。
「見てたんですか?悪趣味ですね」
「貴様に言われたくはない」
「見ていたんでしょう?あれはオレのせいじゃない」
「だが、拒まなかっただろう」
 拒まなかったんじゃない。拒めなかったんだ。そう言おうとしたが、言い訳にしか聞こえない上に自分が奴より弱いことを認めるだけになると思い、オレはその言葉を飲み込んだ。
 鴉に触れられた首と髪。部屋に戻ってすぐに体中を丹念に洗った。触れられていない箇所も汚染されたような気がして。
「利用価値があるとでも思ったのか?それともお前の好みはああいう奴なのか?」
「オレは、あなたに利用価値があるとは思ってません。下心があるとすれば、正直な性欲だけですよ。好みなんて考えたことはないけど、あなたを誰よりも好きだという気持ちは確かです」
 彼が抱く嫉妬と不安。それ以外のあらゆる感情。その総てを静める回答を、オレは出来ただろうか?
「……口では何とでも言える」
 暫くの沈黙の後、彼はそう吐き捨てるとオレの髪を強く掴んだ。刃先をそこに当てる。
「触れたところ総て、切り落とすつもりですか?」
「ああ」
「だとしたら……」
 言葉を切ると、オレは彼の腕を掴んで刃先を自分の首筋に触れさせた。彼の体が硬直するのが分かる。
「ここも、切り落とさないと」
 掴んだ腕に力を入れ、少しだけ刃先を滑らせる。幾らか切れたのだろう。首筋を血液が伝っていくのを感じた。
「貴様は。……死にたいのか?」
「あなたはオレを殺したいんですか?」
 オレの問いに、彼は、そうだ、と頷いた。けれどその体は依然として硬直している。
「ほんと。口では何とでも言えますね」
 掴んでいた腕を離すと、オレはそのまま強く彼を抱きしめた。カシャンと音を立てて剣が落とされる。
「正直なのは、体」
「ならば何故、拒まなかった?」
「本当のことをいうと、あいつの妖気に当てられて動けなかった。けど、それだけです。部屋に戻ってから、触れられた箇所だけじゃなく、体中総ての汚れを落としましたよ」
「……それは本当のようだな」
 くぐもった声。オレの胸に顔を埋めた彼はきっと、仄かな石鹸の香りでもかぎつけたのだろう。
「妬いてくれたってことで、いいんですよね?」
 オレの言葉に、彼の体が僅かに反応する。それは自分がしでかした失態に今更気付いたかのようで。オレは思わず笑ってしまった。
「何が可笑しい」
「何も。嬉しくて、笑っただけですよ」
「……殺されそうになったのにか?」
「あなたの嫉妬の炎になら、焼かれても構いませんよ」
 最早微塵も感じられない殺気。オレを見上げる目は、それでもあくまで真っ直ぐで。本当に愛しいと、心から思った。
「でも、奴はオレに譲ってください。オレが殺しますから。そうすればあなただって、オレを信じてくれるでしょう?」
「……好きにしろ」
「ええ。好きにさせてもらいますよ。……今から」
「今からだと?」
「そう、今から」
 笑いながら。体を離そうとする彼をベッドへと押し倒すと、オレは今日あったことを総て浄化するように、彼のにおいの中に埋もれていった。




飛影の方が感情的だと思うんだ。感情が動くことは滅多になくとも。動いた時は少しでも物凄い(何が?)みたいな。
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