MAY
 夢に、彼が出てきた。
 彼は魔界で、オレは人間界で生きることを選んでから、もう久しく会っていない。
 魔界と人間界を隔てる結界はとっくに取り払われているのだけれど、彼は人間界へ足を踏み入れようとはしなかった。
 そしてオレも、魔界へは足を踏み入れようとはしない。魔界統一トーナメントも以後何度か行われているが、オレは参加していない。
 魔界の空気を断ち切ったからだろうか。妖狐としての衝動もここ最近では減ってきた。最も、オレは自分に危害を加えるもの意外を無闇に殺すような性格は持ち合わせて言いないから、戦いの中に身を投じていなければそんな衝動など起きないのかもしれないけれど。
 夢の中の彼は、オレと別れた時と同じ、無表情をしていた。
 手を伸ばして今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られたけれど、夢の中のオレは突然の再会に呆然と立ち尽くし、ただ彼を見つめることしか出来なかった。
「飛影」
 呼びかけて、微笑んでみる。
 けれど彼はやはり無表情のまま。オレの名を呼んですらくれなかった。
 怒っているのだろうか?だが、これは互いの我侭を通した結果だ。オレだけが悪いわけじゃない。
 そう、気に入らないのなら今まで通り、彼が時々人間界に来ればいいだけのことだった。それを突然、自分はもう人間界に来ないと。だからオレに人間界を捨てて魔界に来て欲しいといってきた。
 彼の気が変わった理由をオレは知らない。訊いても応えてはくれなかった。だからオレは、人間界に残ると言った。もし彼が本当のことを話し、オレを説得してくれたのなら、オレは多分魔界にいっただろうと思う。
 馬鹿げた意地だと自分でも分かっていた。だけど、あの時はこれ以上彼の我侭に付き合う必要も無いと思った。
 その意思が、無表情になった彼と再会したことで揺らぎはじめていることを、夢の中のオレは、理解していた。
「飛影。飛影っ」
 求めるように何度もその名を呼ぶ。金縛りにあったように動けない体を、必死で動かす。
「……蔵馬」
 そしてようやく彼がオレの名を呼んだ。瞬間、体が自由を取り戻す。
 駆け出したオレは、彼を強く抱きしめた。呼吸が出来なくなるんじゃないかと思うほどに、その顔を強くオレの胸に押し当てる。
 拒否されるかと思ったが、意外にも彼もオレの背に腕を回してきてくれた。
 暫くして、お互いタイミングを合わせたかのように腕が緩み、見つめあい、そして――。
 そこで、目が覚めた。彼との口付けは叶わなかった。いや、叶ったとしてもそれは所詮夢の中の出来事。けれど、目覚めたオレの唇には、その感触がはっきりと甦っていた。
 甦った?それとも……。
 ありえない可能性を考え、苦笑する。
 彼がこの部屋に来たのなら、気配が多少なりと残っているはずだ。幾らここ数年人間として生きてきたからとはいえ、それくらいの気配が見抜けなくなるほど落ちぶれてはいない。何より、彼の気配だ。他の誰かのものが分からなくなったとしても、オレが気づかないはずがない。
 やはり記憶だ。この唇の感触は。
 苦笑しながら体を起こす。時計を見ると眠りについてからまだ二時間ほどしか経っていなかった。
 カーテンを空けると、青白い月明かりが差し込んで来た。窓の鍵は閉まっていない。閉めていない。閉めることが、彼は二度と来ないというのにどうしてもオレには出来なかった。それは何処かで彼が帰ってきてくれるのかもしれないと希望を抱いているからなのかもしれないけれど。
 嫌いになって別れたわけじゃないんだ。お互い。
 よく芸能ニュースなんかでお互いを高めあうために別れるなんていうけれど、オレ達もきっとそれに近いのだろう。住む世界が途中で違ってしまった。いや、出会ったときから既に違っていたのだけれど。魔界統一トーナメントが行われたことで、曖昧になっていた二人の世界の境界線がはっきりとしてしまった。ただそれだけのことだ。
「……飛影」
 目を閉じ、夢で見た彼を思い出す。
 目覚める瞬間、口付けをする瞬間。彼はオレを真っ直ぐに見つめながらも、やはり表情に色がつくことはなかった。
 これはオレの心が生み出したものだったのだろうか。それとも彼の気持ちがこここまで伝わってきたからなのだろうか。考えようとして、すぐに諦めた。そんなことをしても無駄だと気付いたから。
「もう一度寝たら、続きが視れるかな?」
 呟いて、オレは再びベッドへと戻った。カーテンを閉めていないので、月明かりがオレを照らす。
 もし続きが視れたとしたら。続きじゃなくても、彼が夢の中に出てきたのなら。今度こそオレは自分の気持ちが変わっていないことを伝えようと思った。別に伝えたからと言って、現実に彼が戻ってくるわけではないのだけれど。
 せめて。夢の中では彼に微笑っていて欲しいから。あの頃のように、お互い穏やかに微笑いあいたいから。
 幻想だとしても。それだけで。
 彼と別れてから色を失ったオレの世界に、僅かではあるが、色がつくような気がするんだ。




急にキミが夢に出てきて焦った。
僕はキミの夢に出ることはあるかい?

B'zです。
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