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なぞる指。こぎつけた優勢。だが稀にやってくる好機も、その感触に辿り着いた途端、劣勢に変わる。 飛影の指はいつも。蔵馬の腹部で金縛りにあう。 「気になりますか?」 隙を突いて蔵馬が形勢を逆転する。いつものように。……飛影の視界には天井が映る。 「別に」 今度は蔵馬の指が飛影の衣服を剥がし、肌の上を這う。滑らかなその動きに、飛影は固く口を結んだ。 「貴方はいつも傷だらけだ」 「……俺の傷は、どうせ治る」 「オレの傷だってとっくに治ってますよ。ただ、跡が残っているだけで」 余裕を持って微笑うその表情を、ギリギリの苦痛と快楽で歪ませてやりたいと思う。だがその思惑は一度も叶ったことがない。いつだって顔を歪ませるのは飛影の方だ。 他の奴には傷を許すくせに。 指先に情を煽られながら、飛影は蔵馬の腹部に視線を移した。はっきりと見える傷痕は、自分だけがつけたものではない。 「ねぇ。やっぱり気になっているんでしょう?顔、怖いですよ」 愛撫をやめた蔵馬の顔が覗く。別に、と呟いて飛影は顔を背けたが、蔵馬は更に追ってきた。唇が重なる。 「貴方の傷は確かに、綺麗に治ってますね。どうしてかな」 「お前と違って、充分な医療機関が俺にはあるからな」 繋ぎ合わされた腕と胴体。そこに跡らしいものはひとつも無い。その他の小さな傷も、?の元での治療で綺麗に治されている。 「だったら。オレもそこで治療してもらおうかな。ねぇ、飛影。オレの傷、抉ってよ。貴方以外がつけた傷を、貴方の刀で総て切り取って?そうしたら、彼女に治療してもらってもいいよ」 飛影の手を取り自分の腹部に当てると、蔵馬は穏やかにも残酷なことを言った。ふざけるなと怒鳴りつけようとしたが、見つめるその目が余りにも真剣だったため、何も言えなくなってしまった。 沈黙の中、飛影の指先だけが動く。 「……お前が怪我を負ったところで、あいつが治療してやるとは思えんがな」 何とか声を絞り出すと、傷を撫でていた手に力を入れた。蔵馬の顔が歪み、飛影の爪には赤い色がつく。 「どうせなら、この手で抉ってやろうか?刀より切れ味が悪い分、苦痛は多い」 指先を口に含み、妖しく笑ってみせる。血の味は想像していたよりも微かで、飛影はその首筋に噛み付いてしまいたいとさえ思った。そんなこと出来る筈もないし、例え出来たとしても蔵馬の血を飲んだからといって何かが充たされる訳でもないことは分かっているのだが。 「貴方にとっては、オレの裏切りの証。苦い思い出でしょう?」 「別に。貴様に裏切られたくらい、なんとも思わん」 その言葉は本当だった。飛影が気にしていたのは、その傷の由来ではなく、その傷が自分だけのものではないということだった。幾人もの手で残された傷痕。そんなものが残るくらいなら、何もないほうがまだマシだと思う。 だが、蔵馬は飛影の言葉に、嘘吐き、と呟いた。 「オレには大切な思い出ですよ」 言いながら、腹部を撫でる。先ほど飛影がつけた傷も既に傷痕となっていた。それは数日のうちに傷痕ですらなくなってしまうだろうが。 醜い傷痕を撫でながら、蔵馬は少しだけ口元をつりあげた。飛影が裏切りという言葉を否定しなかったことが嬉しくてたまらない。 魔界には裏切りという言葉は殆どの場面で存在しない。信頼しあうことがないからだ。だからその言葉に隠された意味を知っている妖怪は少ない。飛影もその一人だった。そして、蔵馬は知ってる側の妖怪。 貴方は本当に、オレを信頼してくれている。 指先を自分の腹から飛影の腹へと移し、思う。 恨み辛みの込められた傷跡は、その想いが消えない限り残り続けるという。それは例え傷をつけた本人が死んだとしても、想いだけが残されていれば傷痕は在り続ける。 「まだオレを許せない?」 「だから、お前の裏切りなど……」 それ以上の言葉を蔵馬の口が塞ぐ。 許して欲しくないと思う。許される時は飛影が完全に自分を見放した時だと知っているから。 それと同時に、もしこの傷が消えてしまったらどうしようとも思う。心が離れたことを確かな証拠として突きつけられるようで、それならばいっそ傷痕を消してしまいたいと。 迷信だ。最終的にはそう思うことで蔵馬は傷痕を抉らずにいる。 これは飛影がオレに残した証じゃない。オレが貴方に残した証。そう。オレから貴方への。だから消さない。そのために何人もの下衆どもにそこを切らせてるんだから。 「そんなに綺麗な肌がいいのなら、妖狐になって抱いてあげるけど?」 「だから俺は気にしてないと言っている」 再開する営み。 飛影は自分の嘘を噛み締めるよう、蔵馬の肩に噛み付く。 いずれ、一生消えない、自分だけの印を刻んでやろうと強く想いながら。 |
そう簡単に蔵馬は抱かせない。 蔵馬の腹部の傷だけであと10話くらいは書けそう。 それほどまでに擦れ違う想いがそこには在る。 |
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