夕立
 暑いな。
 外套を枝に引っ掛け、そこに横たわる。人間界はどうしてこう蒸すのだろうかと思う。
 炎の妖気を体に宿しているお陰で暑さには本来強いが、湿気を含む蒸し暑さというやつには未だ慣れない。
 と言っても、まだ数えるほどしかこの季節を経験していないが。
 そういえば、魔界にいた頃は湿気とは無縁だったことを思い出す。
 定住地を持たない俺は、殆ど雨から逃げるように魔界を彷徨っていた。だから雨も殆ど知らない。いや、今も知らないに等しいか。
「飛影。今日は夕立が来ますから。帰りましょう」
 まだ日も高いというのに、俺の下に立ったやつは声を張り上げてそう言った。
 気配を絶って近づくやつのクセに少々驚いたが、それは何とか表に出さずに済まして上体を起こす。見下ろすと、やつは木漏れ日に眩しそうに目を細めながらふわりと微笑った。
 相変わらず、ツラだけはキレイなやつだ。ツラだけは。
「ひーえーい。部屋、エアコンつけて来ましたから」
 見惚れていると、視界がぶれた。しまったと思う前に、枝に振り落とされる。
「……蔵馬、お前っ」
「やっと名前、呼んでくれましたね」
 打ち付けた背中をさすりながら睨みつける俺に、やつは相変わらず笑顔で。それがどうしても綺麗だから、怒りの感情はすぐに呆れに変わってしまう。
 そんな自分に腹が立つし、呆れもする。だが、そんな感情を抱いたところで、どうなることでもない。
「帰りましょう?」
 いつまでも立ち上がらない俺に、やつが手を差し伸べてくる。だが、そこまでされるのは癪なので、俺はその手を払いのけて立ち上がった。だが結局、足を向けるのはいつもの場所。
「飛影ってば」
 遅れて追いついてきたやつが半ば無理矢理に手を繋いでくる。暑いからと断ろうとしたが、そんなことをしてはバカにされるのではないかと思い、素直に従った。
 ……なんだかいちいち俺の感情を利用されている気がする。
 横目で見たやつの満足そうな表情にそう思ったが。
「帰ったら、冷たいココアでも飲みましょう?」
 楽しそうに微笑むやつのツラに。
「ふん。好きにしろ」
 結局俺はその手を解けずに、歩く速度すら変えられず。
 あろうことか遥かか彼方で轟く雷鳴に、無駄に感謝すらしていた。




飛影は自分で、蔵馬の顔が一番好きだと。そう思い込んでればいい。
実際はもっと違う理由で好きなんだけど。気付かなければいい。
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