憎×愛
 血のように赤い空。ガラスに映る自分の姿が人間界にいる時のそれと重なって見える。といっても、単に髪が空の色に透けて見えているだけだが。
「妖狐になる分には自由がきく。南野であり続ける方が難しい」
 微かな音を立てて開いた扉。ガラス越しに黄泉を見つめてオレは言った。
「……そうか」
 恐らくはオレの妖気の変化を感じ取り駆けてきたのだろう。呟いた黄泉の息は僅かに上がっていた。
 大した距離でもないだろうに。心的なものが原因か。
「顔を」
「どうせ見えないのだから、いいだろう?」
 髪に唇を寄せながら言う黄泉に、仕方なくオレは振り返った。だが、顔を素直に見せることはせず、黄泉の顔を両手で掴むと獣のような口付けをした。
 抵抗は、ほんの一瞬。
 硝子に背をつければ、追うようにして足を絡めてくる。手を離しても唇は離れることはなく、桟に置いた手に指を絡めてくる。
「蔵馬」
「ずっと、捜していた姿だ。殺すか?」
 不敵に笑い、黄泉を押し退ける。ソファに座って反応を待っていたが、幾ら待っても物音一つする気配がない。
「黄泉?」
 仕方なく名を呼ぶ。それでも返事がないため振り返ると、黄泉は窓の外を向いていた。
 近づき、背後から腕を回す。
「オレが、憎いか?」
 暗い目を覆い隠し、聴力を増した耳に囁きかける。ガラス越しの黄泉の表情には変化は無かったが、体は僅かに硬直していた。
「隠す必要はない。今のお前には不意打ちでなくともオレを殺すだけの力がある」
「蔵馬。俺は今でもお前が好きだ。妖狐蔵馬が」
「……こうしているのが南野だったら、殺されていたというわけか」
 手を滑らせ、黄泉の服を開いていく。辿り着いた肌にそっと触れれば、僅かに開いた唇から吐息が漏れた。
「その姿では、まだあの子供は抱いていないんだろう?」
「子供、か。確かにな。お前から見ると飛影は子供だ」
「名を出すな」
「憎いか?」
「……赤髪の子供ほどではない」
「そうか」
 感情を押し殺したような声に低く笑い、指先の動きを再開する。だがそれは黄泉の手に止められた。手首を、きつく掴まれる。
「お前の顔が見たい」
 振り向いた黄泉はそう言うとオレの手を引いてベッドへと向かった。待ち切れないのか、片手でベルトを外しながら。
「そんなにオレが欲しいのか?」
「ああ」
「随分と、素直だな」
「嘘を吐く理由がない。それに嘘を吐こうが何を言おうが、お前は俺を抱く」
「そうでもないさ」
 そうでもない。繰り返しながらも、オレは前を寛げて待つ黄泉の上に圧し掛かった。ギ。ベッドのパイプが音を立てる。
「……不思議な感覚だ」
 オレの髪を掻き乱しながら、黄泉が呟く。口元を休めることなく目だけで見つめると、それを知ってか知らずか黄泉はオレの髪を強く引いた。
「あの頃はただ、お前を愛していた。今はお前を愛する気持ちと同じほどにお前を憎む気持ちがある。それなのに、今の方があの頃よりも」
 言葉が切れる。構わずに吸い上げると、黄泉は詰めたような声を上げてオレの口内に吐精した。
 総てを飲みくだし、更には指先についたものまで舐めあげてから顔を上げる。
「あの頃よりも、感じているのか?」
「…………」
 嘘を吐く必要がないという割には妙なところで黙るものだ。確かにそれは嘘ではない、が。
 今更恥ずかしいでもないだろうに顔を背けた黄泉に笑うと、オレを見上げている耳に唇を寄せた。感じるのか。もう一度、問う。
「オレはお前に殺意を抱いた時から同時にお前を愛おしく想うようになったが」
「……それ以前は」
「さあな。覚えていない」
 覚えていない程、どうでもいい存在だったのだろう。オレにとって、出会った頃の黄泉は。それなら。
「今は……?」
 オレが思うとほぼ同時に黄泉が聞いた。
 それなら、今は。何故オレは黄泉を抱く?それも、わざわざ奴の望む姿となって。単に気持ちの昂ぶりを静めるためではないだろうに。
「さあ。考えたこともないな」
 分からない。分かっているのは、黄泉を前にするとあの頃の感情が甦ってくるということだ。愛おしくなる程の、殺意が。
 それと。
「お前を抱きたい。今は、それだけだ」
 頬をそっと撫で、微笑って見せる。だが、黄泉は表情を変えることはなく、手を伸ばしてはオレの唇に触れた。
「微笑って、いるのか?」
「そうか。お前は見えないのだったな」
 銀髪は触れれば分かる。だが表情の僅かな動きまでは分からないのだろう。ましてやこんな状況だ。そのための集中など出来るはずがない。
「お前の顔を見れなくなったことだけが、光を失って唯一許せないことだ」
 表情を確かめるように、黄泉の指先が動く。その指が再び唇に触れた時、薄く口を開けてそれを食んだ。
「蔵馬」
「お喋りは終わりだ。そろそろ、再開するとしよう」
 黄泉の指がオレから離れる。かわりに、オレの指が黄泉に触れた。
「……殺したくなったら、いつでも殺せ」
 そうして続けられた行為の中聞こえたその科白は、オレのものだったのか黄泉のものだったのか。そんなことも分からなくなる程、互いの感情は、体すら巻き込んで深く複雑に絡み合ってしまっていた。




愛情から憎しみが生まれた黄泉と
殺意から愛しさが生まれた妖狐。
この二人は愛・憎両方の感情を抱いたまま幾度も体を重ねていればいい。
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