ジレンマ
「飛影」
 俺が眠っていると思い込んでいる蔵馬は、額の目に唇を落とした。行為の最中も何度か蔵馬は俺の邪眼にキスをする。
 初めは、邪眼を気に入ってのことなのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「飛影」
 もう一度俺の名を呼び、今度は指先で俺の邪眼を撫でる。その動きが止まったかと思うと、軽く爪を立てられた。
 抉りたいんだろう?この眼を。
 キスをするのは本当は噛み付きたいから。だが恐らく、失明させるだけでは蔵馬は満足しないだろう。抉り取り、何も無かったよう跡を消すか、それとも。
「オレの腹の傷みたいに、あなたにもオレの傷を残せたらいいのに」
「それをするなら邪眼の在る場所に、か?」
 再び俺の邪眼を撫で始めた指先がいい加減鬱陶しくて、俺は二つの目を開けた。蔵馬の目を、真っ直ぐに捉える。
「起こしちゃった?」
「お前が勘違いしただけだ」
「そう。起きてたんだ」
 呟いた蔵馬の手が、邪眼から離れる。だから俺は邪眼を開いた。かわりに二つの目を閉じ、その一つだけで蔵馬を見つめる。
 この眼は、俺のものではない。だから蔵馬の心を見透かすことは出来ない。しかし、かわりに僅かな筋肉の動きも見逃さない。
 だから。蔵馬が今、俺の邪眼に対して憎しみを抱いていることが分かる。
「この目は妖気を増幅する時くらいにしか使っていないことは、知ってるだろう?」
 邪眼を閉じ、両目を開ける。視界はさっきよりも暗くなったが、かわりに蔵馬の心は見えやすくなった。
「けど、いつまでもその動機は残ってる。……でも、そんなことはどうでもいいんですよ。今、あなたが雪菜ちゃんを見ていないなら」
「だったら」
「誰かの痕跡が残っているのが嫌なんです。分かるでしょう?オレの背に、矢鱈と爪を立てたがる飛影なら」
 微笑う蔵馬に舌打ちをすると、俺はその体を押し退けた。仰向けになった蔵馬に跨り、腹部の傷を爪で抉る。
「っ」
「なら、お前も傷をつけたらいいだろう?」
「だから。あなたなら、どうしてオレが邪眼にこだわるのかくらい」
「だったら、抉ればいいだろう」
 蔵馬の手をとり、自分の額に触れさせる。だが、蔵馬は薄く微笑うだけで爪を立てようとはしなかった。蔵馬の考えていることが分かりすぎて、イライラする。
 傷つけたくない。だが、自分の痕跡は残したい。他人のそれを消して。
「バカだな、貴様」
「爪を立てるくらいじゃどうにもならないって分かってるのに繰り返すあなたほどじゃないですよ」
 額に触れていた蔵馬の手が滑り、俺の顎を掴む。その動きに舌打ちをするタイミングを逃した俺は、仕方なく、蔵馬の意図に従ってキスをした。甘く食むその唇を食いちぎってしまいたい衝動を必死で抑えながら。





結構前に書いたらしいです。どうして更新しなかったのだろうか。
蔵馬の飛影の邪眼に対する思いはかなり複雑だと思う。
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