libido
 どういうわけか、雪菜は妖狐としてのオレを好む。この色は、嫌いな故郷を思い出させるはずなのだが。
「蔵馬さんの髪、綺麗。さらさらしてて。雪みたい」
 片膝に座っている彼女は、オレの髪に指を入ると引き上げるようにして梳いていった。
 指先からはらはらと滑り落ちていくオレの髪を見つめ、綺麗、と呟くその瞳は、僅かだが裏腹の感情で歪んでいる。
「雪菜は、何故オレを好む?」
 再び髪を梳こうとしたその手をとり、口元へと運ぶ。音を立ててキスをすると、小指の先を噛み切った。息を詰めるような短い悲鳴を上げ、彼女の目が一瞬だけ固く閉ざされる。
 口の中に広がる鉄の味。言葉にすると人間のそれと変わりないが、味は妖怪のものの方が上質だ。
 まるで吸血鬼になった気分だ。いや、もしかしたら吸血鬼になりかけているのかもしれない。あんな、人間が勝手に作り上げた欠点ばかりの妖怪に。
 最近、彼女を傷つけてはその舐めることが多くなってきている自分に、そんなことを思う。
 血の味など、好きではなかった。人間のものは勿論だが、妖怪のものも。狐は元々雑食ではあるが、植物を操る妖怪としての力を得たオレは、滅多に肉を食らうことはなくなった。だからと言って向かってくる妖怪を逃がしてやるようなこともしなかったが。
 それが今は。自ら好んでその血を求めている。一度、怪我をした彼女の指先を舐めた、その時から。
「南野の感情なら、きっとこれくらい抑制出来るんだがな。どうも妖狐(オレ)になると、我慢が足りなくなるらしい」
 指先を解放すると、粘ついた唾液が薄っすらと赤い色を混ぜ光っていた。まだ僅かに流れ出てくる血液ごと、彼女がそれを舐めとる。
「傷つけてばかりだ」
「蔵馬さんが私を傷つけたいと思っているのなら、私は構いません。寧ろ、我慢をされる方が、辛いです」
 真っ直ぐに見つめ言うと、彼女は濡れた指先でオレの頬に触れた。引き寄せられるように、その唇に触れる。それは、彼女から誘ったことだと思っていたが、もっと深いところを探りたくなる衝動に、これは自分の欲なのかもしれないと今更思った。
「……だから私は、今の蔵馬さんが好きなんです」
 畳の上に組み敷かれた彼女は、上気した顔で嬉しそうに微笑うと、自分の顔にかかる銀髪をオレの肩にかけるようにして腕を回した。片手で体重を支え、浮き上がった彼女の頭を撫でる。
 理由がそれならば南野の時にも極力遠慮はしないでおくか。別の感情をこめて銀髪を握りしめる彼女に唇を合わせながら、そんなことをぼんやりと思った。



雪菜ちゃんも、妖怪ですから。
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