桜色の夢
「花見ですか?」
「俺がそんなことをするように見えるか?」
「お酒、持ってきたんですけど。飲みます?」
 隣に並んだオレは、少し体を傾けると、持ってきた一升瓶を軽くかかげた。同じく持ってきた紙コップを彼に渡し、そこに透明な液体を注ぐ。
「まさか、下戸っていうわけじゃないでしょう?雪菜ちゃんは結構いけるクチだったみたいですけど」
 両手でコップを持ち、じっとそれを見つめたまま彼が動こうとしないから、オレは冗談交じりに言ってみた。きっと、ふざけるな、といつもの冷めた声が聞こえてくると思って。
 しかし、彼はそれでもコップに口をつけようとはしなかった。
「大丈夫。毒なんて入ってませんよ。それとも、味が嫌い、とか?そういえば飛影、甘党でしたよね」
 コーヒーとココアのどっちがいいと聞くと必ずココアと答える飛影を思い出し、オレは思わず笑みを零した。
「うるさい」
 そのことになのか。いいや、きっと甘党という言葉にだろう。彼は俺を睨みつけて言うと、紙コップを変形するほどに強く握りしめ、一気に煽った。
「ひ、えい。大丈夫、ですか?」
「大丈夫だ。別に、これくらい」
 言って空のコップを俺に返すと、けれども彼はふらふらと近くの桜の木まで歩いていき、その根元に座り込んでしまった。
 顔色はいたって普通だが、恐らくは酔ってしまったのだろう。無駄な意地だな。呆れながらも、そんな彼を愛おしいとも思う。
「でも。花見をする気がないのなら、どうして? いつもなら、オレを遠くから見ているだけなのに」
 こんな、オレに見つかる程の距離で。それも肉眼でなんて。
 問いかけて、オレは紙コップにまた酒を注ぎ入れた。今度は、自分が飲むために。しかし、それはオレがクチをつける寸前で、彼に奪い取られてしまった。待って、と呼びかける声も虚しく、彼はまた、一気にそれを飲み干した。
「蔵馬」
 いつもより、僅かだが甘い声。隣に座ると、彼はオレの肩に頬を寄せた。
「どうしてお前は、そんな淋しそうにしてたんだ?」
「え?」
「桜というのは、お前とお前の母親とやらとの、大切な思い出だろう? それなのに何故お前は距離を置こうとする?」
「……心配、してくれてたんですか」
「当たり前だ」
 饒舌で、そしてストレートな答え。酒のせいなのだろうことは分かっているけれど、いつも僅かな言葉の裏側を汲み取ることで彼の本音を知るオレには、どうしても嬉しく感じてしまう。
「あの人は、新しい倖せを見つけた。過去に浸るのは、オレだけで充分なんだ」
「だから消えるのか? お前はアイツの息子で在り続けるのに、どうしてアイツがお前の母親で在り続けることを許さない?」
「別に、許していないわけじゃないですよ。ただ、その方が」
「倖せだと思っているのは、きっとお前だけだろう」
 バカが。そう吐き捨てた彼は、オレの後ろを顎でしゃくった。え、と驚いて振り返ると、そこには明らかに誰かを探している様子の母さんの姿があった。その目には、何処か焦りのようなものが見て取れる。
「行かないのか?」
「いいんですか?」
「コイツを、置いて行ってくれるのならな」
 そういってオレの手から一升瓶を奪い取ると、彼は不敵に笑った。それから、少し淋しげにあの人に視線を向ける。
「飛影。オレ」
「お前の能力があれば、いつだって花など満開に出来るはずだ。俺は、その時で構わない」
 いいから、とっとと行け。オレの肩を掴み、無理矢理に前へ押し出す。らしくないその姿に、オレは、はいはい、と笑いながら立ち上がった。そして――。
「ありがとう」
 自分でも聞こえるか聞こえないか程の声で呟くと、オレは彼に背を向け、あの人の下へと足早に向かった。



夢か、現か。
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