「風邪をひく」
 聞こえた声に、天に向けていた顔を下ろす。雫を気にせず瞼を開けると、ぼやけた視界に黒い影が映った。
「そういう飛影も、随分と濡れてしまっているね」
 どれくらいオレのことを見ていたのだろう。その気配はずっと感じていたけれど、オレ自身どれだけの時間雨に打たれていたのか分からないから、予測がつかない。ただ、彼の髪が雨で寝てしまっていることで、それなりの時間だったということだけは分かった。
 それにしても、どうしてこのタイミングで声をかけてきたのだろうか。見ているだけで、接触はしてこないだろうと思っていたのに。
 などと考えていると、彼がゆっくりと近づいてきた。オレの前に立ち、右手を伸ばしてくる。
「飛影?」
「風邪をひく」
 オレの頬に触れる手が、幾らか温かい。けれど、そう感じたのもほんの一瞬のことで、オレ達の温度差はすぐになくなってしまった。
 もっと、彼の存在を感じたくて。その手に、自分の手を重ねてみる。
「蔵馬。何度も同じことを言わせるな」
 重ねていたオレの手を掴み、歩き出す。その方向は、オレの帰るべき場所。
「あなたが心配してくれるのなら、風邪をひいてみるのもいいのかもしれないな」
「俺はお前の看病などごめんだ」
「だから、迎えに来てくれたの?」
 俺の言葉に、彼が足を速める。手を引くようにして少し前を行く彼の耳が僅かに赤くなっていることに、気付く。
 看病はしないけれど、風邪を引いた放っておくのも嫌だってことなのかな。
 結局、優しいんだ。
「さっさと歩け。それとも」
「あなたに会えないのは辛いから。風邪なんて引かないよ、オレは」
 大きく踏み出した一歩で隣に並び、覗き込むようにして笑顔を見せる。虚を突かれたような表情。彼の足が、止まる。
「だったら、もうこんな馬鹿な真似はするな」
 舌打ちの後そう言うと、彼はオレを睨みつけてきた。鋭い眼光。けれど、その頬には赤みが差していて、どうも迫力に欠けた。
 でも、説得力は充分だな。
「そうだね」
 頷いて、彼に微笑む。
 緩みかけていた手を繋ぎなおすと、ありがとう、と呟いて再びオレたちの帰るべき場所へと歩き始めた。



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