「お前が手を加えたほうが、もっと上質なものが咲くんじゃないのか」
 視線を感じたかと思うと、すぐに声が聞こえてきて驚いた。いつもなら視ているだけか、そうじゃなくても暫くオレを観察してから声をかけてくるのに。
「時雨との戦いの時に使った植物だろう。鴉の時の花びらも、これか」
 風に煽られ舞い降りてくる花びらを手のひらで受け止めると、彼はそれを強く握りしめた。そこにどんな感情が込められいるのか、幾つか候補は上がったが決定付けるものがない。だからといって詮索する気もないけれど。
「こんなもの、お前にとっては珍しくもなんともないだろう」
「戦闘で使用するために咲かせるものと、こうして咲き誇るものとでは違いますから」
「何がだ」
「えっ」
「俺は魔界でお前が咲かせた花のほうが随分と綺麗に見えたがな」
「多分、気持ちの問題でしょう」
 呟いて巨木を見上げる。それを待っていたかのように少し強い風が吹き、花びらを散らせた。雪のように風に乗って舞うそれを、オレも彼と同じように手のひらに乗せる。
 雪と違うのは、それが融けることなくオレの手のひらに残ること。同じなのは、恐らく、彼が嫌っていること、か。
「この桜だけは、特別ですからね」
 幼き日に、母とよく訪れた小さな公園。彼女は植物が好きで、オレは特別好きではなかったものの親しみを持っていた。だから、桜の季節になると毎日のように花見をした。
 花見といっても、二人きりだから宴会をするわけでもない。ただレジャーシートを敷き、二人で作った弁当を桜を眺めながら食べただけだ。
 あの時のオレには、母はただの人間だった。そう認識していた。けれど、桜を見る度にあの頃の光景を思い出すのだから、きっとあの時には既に母をただの人間以外の何かとして認めていたのだろうと今なら思う。
「相変わらず、過去しか見ない奴だな。感傷に浸ってばかりいるから、時雨ごときに苦戦するんだ」
「あなただって、時雨と相討ちだったと聞きましたけど」
「あれから俺は強くなった。お前の結果はあそこだろうが、俺にとってはあれは単なる通過点だ」
「ムクロに治療してもらえなければ、通過点どころか、最終地点になってたところですけどね」
「だが、生きている」
「そう、生きてる。ムクロに感謝しないと」
「誰があんな奴に」
「あなたじゃないですよ。オレが、感謝しないとっていう話です」
 笑いながら彼を見つめる。その頬に触れようと手を伸ばすと、握りしめたままだった花びらが滑り落ちた。地面に落ちる寸での所で、突風に巻き上げられ何処かへと消えていく。その様を見ていたら言いようのない不安がこみ上げてきて、触れるだけだった手を彼の背に回すと強く抱きしめた。
「蔵馬」
「オレが、振り返ることが出来るのは。向き直った時に、あなたがそこにいるからなんです」
 それは、彼だって同じはずだ。同じだと、信じてる。ただ、オレの場合は心で、彼の場合は体だという違いはあるけれど。
 そう、だから、こんな不安なんて感じるだけ無駄なんだ。
「俺は」
 くぐもった声と共に、彼の体がもぞもぞと動く。背に手を回してくれるかもしれないと僅かに期待していたのだが、彼は残りの可能性へと傾いた。二人の間に手を滑りこませ、オレの胸を押しやる。
「魔界へ戻る」
 目をそらして言うその頬が、僅かに赤い。
「いってらっしゃい」
 今度こそ彼の頬に触れ短いキスをすると、オレは微笑った。突風が幾ら花びらを散らせても、もう綺麗だとしか思わない。
「蔵馬」
「なに」
「明日、また来る」
「分かりました。じゃあ、晴れでも雨でも、部屋で待ってますから」
 彼の髪についていた花びらを取り払い、微笑む。彼は微笑み返すかわりにいつものように鼻を鳴らすと、一度も振り返ることなく魔界へと出掛けて行った。



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