Emotion
「どうやらオレには、あなたが必要なようですね、か」
 思い出して、自嘲気味に笑う。
 あの光景をきっと、彼は見ていた。一体、オレの発言をどう受け止め、そしてどう思ったのだろう。
 桑原くんは……思い切り誤解をしてくれたみたいだけど。
 オレは別に、そういう意味で桑原くんを必要だといったわけじゃない。
 人間としてあるために。好戦的になる衝動を抑えるために。そのために、必要だと言ったんだ。
 生粋の人間だからと言ってしまえばそれまでなのかもしれないけど、桑原くんはオレの知る限り、最も人間らしい。特に、その感情の在り方が。
 だから、桑原くんといると自分も生粋の人間であるような錯覚に陥る。
 錯覚。そう、結局は錯覚に過ぎないのだけれど。
 それでも。オレは人間界にいる限り、人間で在りたいと思う。母さんの息子で在りたいと。
 そのことが酷く、彼を傷つけているのだと分かっていても。
「ねぇ、飛影」
 思ったとおりというか、何というか。部屋に現れた彼は酷くご機嫌斜めで。さっさとベッドの隅(定位置)については、眠りに入ってしまった。
 まぁ、確実に狸寝入りなのだろうけど。
「ねぇ。飛影ってば」
 返事がなかったから。今度は近づいて呼びかける。
 面倒くさそうに、今起こされたのだといわんばかりに、彼はゆっくりと目を開けた。そしてオレをきつく睨みつけた。
「そんなに睨まないでくださいよ。何もしてないじゃないですか。まだ」
「……俺を起こしただろう?」
「起こしてなんかいませんよ。どうせ寝てなかったんでしょう?」
 強引に彼を引き寄せ、不自然な恰好で抱きしめる。
 そのまま後ろに倒れると、オレを見下ろす彼が、不敵に笑った。
「そうやって、男なら誰でも構わず誘うのか?」
「まさか」
 彼は恐らく。オレの桑原くんへのあの発言を聞いた後、覗くことを止めてしまったのだろう。
 目をそらさずに最後まで見ていてくれれば、ちゃんとオレが桑原くんに弁解している姿も見れたのに。まったく、変なところで臆病なんだから。
「桑原くんは、オレに人間という感情を抱かせてくれる。だから人間として生きるオレには桑原くんみたいな人が必要なんですよ」
「だったら俺と会わなければいいだろう?俺と会う度に、お前の中の野性が呼び起こされるのだから」
 体の位置をかえては服を脱がそうとする俺に、彼は言った。
 思っていた通りの言葉が彼の口から出てきたことに、思わず笑みがこぼれる。
「何が可笑しい?」
「確かに。人間として生きるにはあなたは少し厄介な存在です。でも、利益に関係なく、自分以外のものを愛し大切にしたいという気持ちは、充分人間らしいと思いませんか?」
 あなたはオレにその感情をくれる。それはオレが人間で在ろうと妖怪で在ろうと同じようにそう感じさせてくれる。
「だから。オレにとってあなたは必要不可欠な存在なんですよ、飛影」
「……詭弁だな」
「別に、どう思われても構わないですけどね」
 皮肉な彼の笑いに、似た表情で返すとオレたちは口付けを交わした。
 伝わる温もりに、優しさと愛しさがこみ上げてくる。こんな感情は、彼に出会うまでは知らなかった感情だ。
「ああ、そうか」
「なんだ?」
「何でもないですよ」
 オレが人間で在りたいと思う理由。そこにはもしかしたら。彼への想いを抱き続けていたいという気持ちがあるからなのかもしれない。
 温もりに人間らしい感情と獣のような感情を交えながら。オレはふと、そう思った。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送