FamilY
 窒息して、死んでしまうかと思った。
 見つめるその顔の美しさに。
 時間が止まったようにオレは、動けずに。




ほおづえついて 遠く微笑んでる
ふと見せる その君だけ憶えてる

僕じゃ君を そんなふうに
美しい人にはできない
想い浮かべたその人に
もう会えたかい?

柴田淳『美しい人』




「飛影」
「……気配を絶って近づくなと言わなかったか?」
 声をかけたオレに、彼は額当てを直しながら言った。オレを見ないのは、驚いたことを誤魔化すためか、それとも……。
「覗きなんて悪趣味なことしてる人に、とやかく言われたくはないですね」
 笑うオレに、ようやく彼は振り向くと、けれど強く睨みつけた。
「あれ?覗きじゃなかったんですか?だって、彼女、貴方が見ていることは知らないんでしょう?」
「……貴様には関係ない」
 そうだな。確かにオレには関係ない。
 関係ない。のは、でも、あくまで彼から見た場合であって。オレからすれば、オレと彼女には強い関係性がある。
 彼女。彼の、飛影の血を分けた唯一の……。
「家族」
「……なんだ?」
「いいものですよ、家族って。貴方には本当の家族が居る。それなのに打ち明けないなんて、勿体無いとオレは思います」
「くだらん。血が繋がっているからどうだというんだ?俺が兄だと打ち明けて。それでどうなる?何かが変わるのか?」
「少なくとも、そうやって覗きをしなくても雪菜ちゃんの様子を見ることが出来る」
 ユキナ。その名前を口にして笑ってみせる。ややあって、自分の失言に気付いたのだろう。彼は、ふん、と鼻を鳴らすと視線をそらした。
「家族なら。お前にだって居るだろう?」
「……偽者ですけどね」
 血の繋がりなんて、無いに等しい。
 幽助には霊力があったのに、オレには後にも先にも妖力しかない。それが、オレが母さんと家族ではない決定的な証拠。
 自嘲気味な笑みを浮かべたままのオレに、彼は溜息を吐くと体を横たえた。堕ちないよう、彼の周囲の枝を伸ばし、葉を生い茂らせてやる。
「偽者だろうが、大切な者であることにはかわりないだろう?」
「ええ。まぁ」
 目を閉じた彼の顔を見ながら、オレは頷いた。どうやら彼は気付いていないらしい。今の言葉も失言であったことに。
 今の言葉は。自分がユキナを大切だと言っていることに他ならないのだと。

 大切な者。守るべき者。
 ……家族?

 妖狐の頃、戦闘中のオレの姿を誰かが美しいと形容していた。冷酷にも美しい、と。
 けれどあの人はオレの評判を耳にしてはいつも笑っていた。見る目が無いと。確かにお前の容姿は美しいが、中身は冷酷なだけだ。そう言っては笑いの中に少しだけ淋しげな色を見せていた。
 ――美しいな。
 再会した黄泉が、オレに触れるとそう言った。あの頃も美しかったが、今の方が美しい。俺の居なかった日々はどうやら無駄ではなかったらしい。そういって、喜んでいるのか泣いているのか分からない笑みを向けた。
 ――お前は変わった。
 そういえば、コエンマも黄泉と似た表情を浮かべていた。

 貴方は生まれたときから美しかったのでしょうね。
 オレと居ることでいつもの浅い眠りではなく深く眠りについているその頬を撫で、口付ける。
 何かを、誰かを守ろうとするその姿は美しい。一途に想い続ける、その魂は。
 オレが変わったとするなら、そうさせているのは彼だ。多分、今のオレならばあの人も美しいと言ってくれるだろう。
 そして。
 彼を美しくさせているのは。
「――キナ」
 彼の口が小さくその名前を呟く。見守るその表情は、限りなく優しい。オレといる安心感から見せる寝顔よりも遥かに、美しい。
 ああ、まただ。
 世界が止まる。
 それは見惚れているからだけでは決してなく。沸き起こる醜すぎる想いと絡み合った感情が、オレを動けなくさせている。
 黄泉とコエンマの二極を浮かべた表情が脳内に映る。微笑んでくれているのは、あの人だけだ。
 ああ。何故オレには出来ないのだろう?彼をこんな風に美しくさせることが。
 ――だが、今のお前はそいつに負けないくらい、いや、それ以上に。
 あの人の声が聞こえてくる。記憶にはない科白。悪い妄想だ。醜い自分を正当化させるための。
 オレは醜い。彼の大切にしているものを壊そうと思ってしまうほどに歪んでいる。
 関係ない。関係ない?冗談じゃない。
 オレと居る時は決してそんな表情は見せてはくれない。振り向くのは必ずにいつもの表情に戻ってからだ。だからオレは、貴方に倣って覗き見しているんじゃないか。
「飛影」
 乾いた声で彼の名を口にした途端、忘れていた呼吸がはじまる。止まっていた時間が醜い感情を押し流すようにどろりと動き出す。
 穏やかで優しい寝顔。夢の中ではきっと彼女に会っているのだろう。
 この表情を失わないため。オレも彼女を守ると決めた。
 どんなに体を繋ごうとも、オレは彼女の代わりにはなれない。血の繋がりを超える繋がりを持つことは、オレには、出来ない。

 ――兄は、復讐に身を焦がしているとばかり思っていました。だけど。きっと、蔵馬さんのお陰ですね。
 君を守るよ。オレの大切な人の、大切な人だから、と告げた時、彼女はそう返した。
 その言葉を否定しようとしたが、それを拒否するかのような微笑みに、オレは閉口した。けれど、肯定はしなかった。
 オレが彼に出逢った時すでに、彼はユキナを探していた。惹かれたのは似たものを感じたからだろう。
 本当のことは告げず、けれど守り抜くと決めた。その為なら、命を捧げることすら厭わない。
 相手の倖せを願う一方での淋しさ。それを埋めるために体を重ねたといってもいい。
 ただ、違ったのは。オレの中で、彼が母と同じほどに大切になったということ。恐らく、彼が本当に望むのなら。オレは人間界を、母を置いて魔界へと還るだろう。それをしないのは、彼が望まないからだ。彼が望むのは自分が魔界と還ることだから。
 オレと出逢っても彼は何一つ変わってはいない。美しいまま。ただ、眠る場所が出来たという程度で。
 ――血なんか繋がってなくても、帰る人、待つ人が居るってのはその時点でそいつと家族なんだよ。だから、俺とお前は家族だ。
 ――ふん。オレは旅に出たらそれきりだ。お前の元になど帰るつもりはない。
 ああ。そうだったな。そんなこともあった。これは記憶だ。今度こそ。あの人との。
 だったらオレは。いつか母さんと本当の家族になれるのだろうか。いつか、彼とも。彼は、その美しい表情をオレに向けてくれるようになるのだろうか。
「黒鵺……」
「オレはそんな名ではない。呆けたか?」
 聞こえてきた声に、オレは体をビクつかせた。仕返しをしたつもりだったのだろう。彼はオレを見上げるとニヤリと笑った。
「おはよう、飛影」
「……お前の悪いクセだな」
「何が?」
「その作り笑いをヤメロ」
「だったら、止めさせてみてくださいよ」
 さっき見せた彼の表情を真似して、オレもニヤリと笑う。それを合図にしたかのように彼の腕が伸びてきて、オレの首に絡まる。何をするのか、など考えることもなく、自然と二人の距離がゼロになった。
 どうだと言わんばかりにオレを見上げる彼に、思わず微笑う。
「やっと、いつもの表情(顔)になったな」
「――え?」
 聞き返そうとするオレに、彼は舌打ちをすると早々に地上に降りて歩き出した。オレも、その後に続く。
「……飛影?」
「帰る。お前が場所を作ったとはいえ、やはり木の上では休まらんからな」
 帰る。何処へ?
 問いかけなくとも、その方角が答えを示す。
 ……いつか、オレも。
「休まれば、いいですけどね」
 倖せだと。それを気付かれるのは少し癪だと思うから。オレは彼の手を握ると、まだ見えない、見慣れた家を見上げて微笑った。




過去設定(時系列順に)。
妖鵺、妖←黄泉、妖←コエ。
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