衝動
「吸血鬼のようだな」
 傷口から滲む血液を舐めとるオレに、彼は少し呆れたように言った。
「あなただって舐めとけば治るっていつもやってるじゃないですか」
 口を離し、微笑って見せる。すると彼はオレの顎を掴んで唇を寄せた。舌先が口の端に触れる。
「珍しい」
「俺は自分の血を舐めてるだけだ。お前みたいに他人のものを欲しがったりはしない」
「オレだってそうですよ」
 言って、また彼の腹部に舌を這わせる。広がる血液の味は、何故かいつも懐かしい。
「何処が同じなんだ」
「オレだって他人のものを欲しがったりはしません。あなたのだからですよ、飛影」
 薬草を口に含み、噛み潰して傷口に舌ですりこむ。オレの頭を掴んだ彼は、まるで違う行為でもしているかのように微かに呻いた。
「……変態が」
「一途って、言って欲しいんですけどね」
 傷のないところまで舌を這わせようとするオレの髪を掴むと、彼は強引に引き剥がした。つまらないという顔をしたオレに構わず、服を着てしまう。
「飛影」
「中途半端なことはするな。傷、治したいのだろう?」
「そりゃあ、あなたのケアはオレの大切な役割ですけど。……じゃあ、せめて口で」
「馬鹿。それが中途半端だといってるんだ」
 迫るオレの額を押しやり、けれど他所を向いて彼は言った。視界の真ん中に映る耳が赤いことに、オレは思わず笑った。
「何が可笑しい」
「いいえ、別に」
「……ふん」
 機嫌を損ねた、わけじゃないだろうけれど、彼は目をそらしたままオレに背を向けてベッドに横たわった。
 その隣に潜り込み、首筋に唇を押し当てる。
「蔵馬っ」
「実はもう、中途半端なところまで来てたりしません?」
 指先で小さいけれど筋肉質な体の線をなぞる。彼は抵抗こそしなかったが、その体は頑なになっていた。
 そんなに拒否することもないのに。そう思ったが、彼としてはその状態で放置されることが何より辛いのだろう。だから必死で拒んでいるのだと思うと、妙に嬉しくなった。犯してしまいたくなる衝動を堪え、指を離す。
 そのまま何もしないでいると、彼の体が微かに動いた。
「蔵馬……?」
 恐る恐るといった感じで、首を捻ってオレを見る。その姿が余りにも可愛く、駄目だと分かっているのに唇を重ねてしまった。
「ごめん、飛影」
 潤んだ目に、思わずそんな言葉が出る。
「謝るくらいなら初めからするな、馬鹿」
 視線を外したオレに、今度は彼が触れると唇を重ねてきた。今日の傷はいつもの掠り傷ではないのだから我慢しなければと言い聞かせても、体は彼を押し倒し、いつものように服を脱がせていく。
「どうしよう、飛影」
「だから言っただろう。中途半端なことはするなと」
「飛影も、同じなの?」
「…………」
 オレの問いかけに答える代わりに、唇がまた重なる。
 ああ、もう。駄目なんだ。お互い。
「出来るだけ、優しくするから。今回だけは、ごめんね」
「……当面のお前の課題は、即効性の傷薬を作ることだな」
「飛影。それって……」
「五月蝿い。早くしろ」
「……うん」
 頷いて、彼の首筋に顔を埋める。体を動かすと痛むのだろう。彼は熱っぽさの中に違う色を含めた声を時々出した。それでもオレは始まってしまった行為は止めようとはしなかった。
 即効性の傷薬、か。
 彼の言葉の意味に、オレは思わず笑みを零した。
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