REASON
「蔵馬っ」
 視線を交わした時から気付いていた。黄泉の中に熱いものが生まれていたことに。
 けれどオレはそれを無視した。刺激することすらもしなかった。そうすればやり過ごせると思ったからだ。
 だがどうやらそう簡単にはいかなかったらしい。
 オレの名を叫ぶように呼んだ黄泉は、背後から包むようにしてオレを抱きしめてきた。妖狐であった頃には絶対に出来なかったことだ。オレは背後をとられるような真似なかったし、あの頃は黄泉の方が幾分か背丈が低かった。
「何故俺を殺そうとした?」
 少し前まで冷静に会議をしていた男は、オレの知っている粗野さを取り戻しつつあるように思えた。相手の気持ちを読むことをせず、自分の感情を押し付けていたあの頃の黄泉に。
「……オレにとってお前が不要だと気付いたからだ」
 これでは答えになっていない。それならば殺さずとも捨てればいいだけの話だ。長い時間を共にしていたからとはいえ、あの時点で黄泉がオレの弱味に気付いていることはなかっただろうし、そのため敵対勢力になる可能はゼロだった。
 だがオレは、捨てる、じゃなく、殺す、を選んだ。
 結局は失敗をしてしまったが。
「ならばまたお前は俺を殺すのか?」
「今のオレにはお前を倒すだけの力はない」
「それは、あったら殺すということか?」
「……さぁな」
 緩まることのない腕を無理矢理解く。振り返ると、黄泉は見えない目を開けてオレを見つめていた。
 腐るしかない目玉は抉り取ったのだろう。そこには総てを吸い込んでしまいそうな闇があった。
 ああ。お前はどうしてこんなにもオレに殺意を抱かせるのだろう。
 手を伸ばし、黄泉の目を閉じさせる。それは自分の犯した罪に苛まれたせいではないのだが、黄泉はそのせいだと思ったようだ。
「何度も言うが、俺は光を失ったことを恨んではいない。ただ、理由も言わずお前が俺を殺そうとしたことに、しかも他人を使いそれをしたことに幾らか憤りを感じているだけだ」
「理由を言えば、お前は素直に殺されていたのか?」
「俺が納得すればな」
「そもそも、殺されるという行為に対して納得なんかしないんじゃないのか?」
「そんなことはない。あの頃の俺にとって、お前は絶対的な存在だったのだからな」
 だが。理由を話したところでお前はきっと納得などしなかっただろう。
 組織というものが出来上がり、守るべきものが出来た。それは盗賊として、冷徹な妖狐蔵馬として邪魔な感情を生み出しはじめていた。
 オレはまた同じことを繰り返すことになるのかと恐怖した。黒鵺を失った痛みを再び味わうことになるのだろうかと。
 それならいっそ、感じる痛みが大きくなる前に殺してしまえと思ったんだ。そうすることで再び冷徹な妖狐蔵馬に戻れるだろうと。
 今考えれば。オレも浅はかだった。元々争いを好まないオレが、冷徹であろうとすること事態が間違っていたんだ。
「そして今も。やはり俺にとってお前は絶対的な存在だよ、蔵馬。外側が変わってしまったことは哀しいが、根本はやはり変わっていない。あの頃のままだ」
 あの頃?どの頃だ。お前はオレの何も知らないくせに。
 そう思いながらも、オレは黄泉の抱擁を受け入れていた。ただ、自分から抱き返すような真似はしなかったが。
「今、完全に妖狐に戻れる薬の開発をさせている。それが出来たら、蔵馬。俺と共に生きてくれないか?」
 抱きしめる腕とは裏腹な弱々しい声。それも良いかもしれないという考えが一瞬脳裏を過ぎったが、オレは息を小さく息を吐くと黄泉を引き剥がした。
「どうしてだ」
「オレが変わっていない?黄泉、お前はやはり何も見えていない。オレは変わったんだ。妖狐であるということは今のオレにとって邪魔でしかない」
 そう。あの頃のように常に冷徹さを保つ必要はなくなった。今は、大切なものを守るときのみ冷徹であればいい。もうあの痛みを味わわないように。排斥するのではなく、今度は今度こそこの手で守り抜く。
「いいや、変わってないよ、お前は。やはりお前は俺にとっての憬れだ」
「冗談」
「この組織が、その証拠だといっても?」
「……その割には、あの頃はオレの言うことを全く聞かなかった気がするが?」
「従ってばかりいたら、追いつけないと思っていたんだ。バカだろう?」
「そうだな。お前はバカだ。昔も。そして、今も」
 未だにオレを慕ってくるなんて。大バカだ。
「……蔵馬」
「何だ?」
「時々でいい。あの頃のように甘えさせてはくれないか?やはり俺には、組織を統率するのはどうも荷が重くてな」
「……この姿でも?」
「構わない。妖狐であるととに越したことはないが、そこは譲歩する」
「…………」
「駄目か?」
 不安げな声。幾らか黄泉の背が縮まったような錯覚を起こさせる。あの頃のように。
「……暇なときなら、な」
 仕方がないと溜息混じりに言ったのだが。黄泉には言葉の意味しか届いていないらしく、誰が見ても分かるほどに嬉しそうな顔をすると、じゃあ、と言って今にも走り出しそうな足取りで廊下を歩いていってしまった。
 足音が響いてこなくなったのを確認し、壁にもたれる。
 窓から見える空は赤黒く、雷鳴は常に轟いている。ここは紛れもなく魔界だ。懐かしいという気持ちはあるが、留まりたいという気持ちは起きない。人間界にいるとき、飛影はあれほど魔界に帰りたがっていたものだが、オレは違った。
 やはり、もうオレはここの住人ではないのだろう。だからといって、人間界の住人でもないだろうが。
 中途半端だな。昔なら有り得ないことだ。敵か味方か、生か死か。それしかなかった。いや、その二つに無理矢理に区分していただけかもしれない。
 ああ、そうだな。それならば。きっと。
「オレは変わってないのだろう」
 窓に映る自分に呟くと、オレは黄泉とは反対の方向へと歩き出した。




あくまで蔵黄泉ですよ。
実は会話が噛み合っていない二人。
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