火傷する花
「いらっしゃ……」
 い、と最後の言葉を言う前に、蔵馬は口を塞がれた。少し驚きはしたが、彼の行為に応えるよう舌を動かす。
 互いの唾液が混ざり合い粘着質な水音が部屋に響くようになる頃、蔵馬は息苦しさを感じた。それは口付けによるものではなく首を強く締め付けられたことによるもので、瞬間的な反応として蔵馬はその手を掴んだけれど、その先力を入れて振り解こうとはしなかった。
 口から甘くない吐息が漏れ、端からは唾液が伝い落ちる。頚動脈を絞められたことにより顔が赤くなっていくのを自分でも感じ、頭が破裂しそうになる。それでも蔵馬は決して抵抗はしなかった。親指が喉仏を圧迫し、吐き気がこみ上げてくる。しかし痺れたような感覚の中でも口付けは止めなかった。
「っ。ゲホっ、ケホっ」
 舌を絡めることにも疲れてきた頃、蔵馬はようやく解放された。咳き込み、口元を伝うものを拭う。そうして落ち着いてから、もう一度、いらっしゃい、と言った。
「何故抵抗しなかった?」
「そういうプレイをお望みかと思いまして」
 微笑む蔵馬に彼は眉間に皺を作ると、鼻を鳴らしてベッドへと座った。その足が布団へと乗る前に蔵馬は立ち上がると彼の靴を脱がせた。
「何度言ったら分かるんですか。土足厳禁」
「五月蝿い」
「全く。随分と機嫌が悪い」
「理由は分かっているだろう?」
「雪菜ちゃん」
「貴様っ……」
「はいはい、軽々しく名前を口にしません」
 目を見開き今にも飛びかかろうとしてくる彼に、蔵馬は両手を挙げると苦笑しながら言った。その姿に彼は余計に腹を立てたが、それを顕わにしても蔵馬に余計笑われるだけだと理解しているため、溜息をつくことで何とかそれを抑えた。
 そんな彼に蔵馬は瞬間真顔になると、貼り付けたような笑みを浮かべた。彼の隣に座り、大きさの割りにゴツゴツとしたその手を取る。
「会話をしたことが許せないんですか?それとも、触れたこと?」
 言いながら彼の手を持ち上げると、蔵馬はその指先を口に含んだ。彼女にしたように。そして指を離すと、今度は彼の首に手を置いた。絞めず、そのまま押し倒す。
「……貴様はあの時本気で」
 雪菜を殺す気だったのか、と総て口にはしなかったが、蔵馬にはそれが聞こえたような気がした。薄く笑い、彼の首にかけた手に徐々に力を入れる。
「だったらどうします?オレを殺しますか?……彼女を、守るために」
 苦しくはならない。けれど彼は顔をしかめた。触れている蔵馬の手が生きているもののそれとは思えないほど冷たい。見上げた蔵馬の喉には、まるで火傷でもしたように自分の手形が赤くついている。
 氷のような妖気だ、と彼は思った。雪菜や凍矢とは違うが、冷たく鋭い妖気だと。見つめる目が深緑から金色へと変わりつつあることも関係しているのかも知れないが。
「放せ」
「……質問に答えてくれたら、放しますよ。ねぇ。もしオレが彼女に対して殺意を抱いているのだとしたら。貴方はオレを殺しますか?」
 蔵馬の手から冷たさが広がっていくように感じられ、彼は全身を覆うように妖気を放った。炎で氷を融かすために。けれどその冷たさは増すばかりで、苛立った彼は蔵馬の首を掴むとそこに妖気を集中させた。
「っつ」
 鼻につく臭いと煙が出ると共に蔵馬は彼から手を離した。振り返り、置かれている姿見で自分の首を見る。そこについていた手形に触れると、蔵馬は薄く笑った。
 一方彼は起き上がることもせず、ただ、蔵馬から引き剥がされた自分の手を眺めていた。
「今のが、貴方の答えですか?」
 再び蔵馬が彼を覆う。けれど彼は放心したように自分の手を見つめるだけだった。焦れた蔵馬がその手を取り、自分の首に触れさせる。
「蔵馬?」
「だったら今、殺してください。オレが彼女を本気で殺したくなる前に」
 しっかりと自分の首に彼の手を食い込ませ、体を反転させる。必然的に重みが首にかかり、蔵馬は僅かに息を漏らした。
「早くしないと、オレは彼女を殺してしまいますよ?」
 蔵馬の目が深緑と金色の間で揺れる。苦しそうなその表情は首を絞められているからではなく、内から溢れ出てこようとする感情を抑えるためのものらしい。
「俺は……」
 真っ直ぐに伸びてゆく髪。彼は蔵馬の葛藤に喉を鳴らすと、ようやく口を開いた。
「お前を止める。だが、殺しはしない」
「……オレは。殺されるまで止まりませんよ?」
「それでも止めてみせる」
 蔵馬の首にのっている彼の手から包帯が解け、刻まれた龍がその腕の中で踊りだす。
「例えそれで、俺が死ぬことになっても、な」
「……貴方が死んだら、彼女を殺す意味も無い」
 彼の言葉に、蔵馬は呟くと溜息をついた。同時に渦巻いていた妖気が消えてゆく。それを見届けた彼は、蔵馬から腕を離すと解けた包帯を巻き始めた。蔵馬がそれを奪う。
「蔵馬?」
「貴方は不器用すぎますからね」
 慣れた手つきで包帯を巻いていく蔵馬に、彼は鼻を鳴らし顔を背けた。お前だって充分不器用だろう、と。内心呟いて。




雪菜が蔵馬を殺そうとした場合はどうするのだろうかと。
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