Deep Freeze |
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「……で。昨日、何かあったのか?」 昼休みの屋上。膝の上に寝そべる僕の髪を掻き揚げると、彼は言った。 「何が?」 その手を捕り、唇を落とす。 「元気が、ないようだから」 彼は、少しだけ顔を赤らめた。 「そうかな?」 「…昨日、裕太くんが家に帰っただろう?どうせ、また何かしようとして怒らせた。違うか?」 呆れたような、でも、心配そうな眼で、僕を見つめる。 「……参ったね。」 僕は思わず苦笑い。 どうして君には判っちゃうんだろうね。他のヒトたちは僕の変化に気づかなかったのに。 「うん。……でも、しようとしたんじゃなくて、しちゃったんだよね」 「なっ…にを、だ?」 驚く彼の頬を包み引き寄せると、唇に触れた。 「キス。」 クスリと微笑って見せる。 彼は少しの沈黙の後、呆れたという風に溜息をついた。 「…………バカか、お前は。」 「うーん。でもさぁ、僕のベッドの上で気持ちよさそうに寝てたから。あんまり、可愛くってね」 「……救いようのないバカだな」 「でも、その直後に裕太が目を醒ましちゃってさ。もう帰って来ないって」 はぁ、と溜息を吐く僕を見て、彼も溜息を吐いた。 「お前は少し強引過ぎだ。向こうの気持ちも少しは考えろ」 「…でも、君は強引なの、好きでしょう?」 「……う゛。お、オレは、オレ。裕太くんは裕太くんだ。だいいち、お前等は兄弟なんだぞ。同性というだけでも問題なのに」 うわー。耳まで赤くなっちゃって。可愛いんだから。そんな顔されたら、僕、変な気を起こしちゃうじゃないか。 僕は身体を起こすともう一度彼に口付けた。今度は長く甘いのを。 「………ぁ。」 唇を離し、額を合わせる。 「それに、君だって男の僕の事、好きでしょう?」 僕が微笑うと、彼は押し退けるようにして身体を離した。 「だからっ、オレはオレ、裕太くんは裕太くんだって言ってるだろ!」 「あはは。ごめんごめん。君があまりにも可愛いからさ。つい、ね」 微笑いながら彼の膝にまた寝そべる。 「……ったく。言っておくがな、オレは可愛いなんて言われても嬉しくないぞ。それに、オレから見ればお前の方が…か、かわい、いし…」 「あはっ。アリガト」 彼は耳まで真っ赤にして顔をそらせた。自然と笑みが零れる。 そりゃあ、僕だって、可愛いなんて言われてもあまり嬉しくないけど。彼に言われると、なんか、嬉しい。 僕は手を伸ばすと彼の手を捕った。ひんやりとした感触が心地いい。 「ねぇ、今日は付き合ってくれるんでしょ?」 彼は溜息を吐くと僕の手を握り返した。 「……仕方がないからな」 僕のほうを見ないものの、彼が微笑っているのが判った。 手塚は本当に優しいね。だからつい甘えちゃう。ごめんね。こんな我侭につき合わせちゃって。僕なんかの為に。 「でも、何でオレなんだ?裕太くんの代わりなら、越前でも十分だろう?」 代わり、か。そう思われてたなんて。ちょっとショックだな。 「君は裕太の代わりなんかじゃないよ。君と裕太、比べられるわけないじゃない。僕はどっちも好きなんだ。同じくらいね」 何よりも大切な裕太と、何よりも大好きな手塚。その二人を比べるなんて僕には出来ないよ。都合のいいことだとは思ってるんだけどサ。 「僕は手塚が好き。……それじゃあ、駄目?」 「…駄目では、ないんだがな」 首に手をあて、照れたような仕草をすると、彼は呟いた。 「……ただ、越前が、な」 ここでなんでその名前を出す? 「嫌いだよ、越前なんて」 「え?」 「嫌いだよ。裕太を虐めるし、君が気にかけてるし」 「だ、だがな、越前はお前のことを、だな」 「知ってるよ」 越前が僕を好きだってコト。 「でも、だから何?」 「…………『何』って」 何で、そんな困った顔をするの? 「僕は君が好きなんだ。それとも、君は僕が嫌いなの?僕が越前と一緒になった方がいいって思ってるの?」 「…そういうわけじゃ、ない。オレだって、お前が好きだ。だが…」 部員の事、私生活までいちいち気にするんだから。君はやっぱり優しいよ。でも、僕は君ほど優しくはなれない。 「嫌いだよ、みんな。君が気にかけてる奴等全員。越前も乾も英二も大石もタカさんも桃も海堂も君のクラスメート達も…みんな嫌い」 君の眼に映るもの全て。 「……不二。お前自身も、か?」 「え?」 「オレが一番気にかけているのはお前だ、不二。お前は自分の事も嫌いなのか?」 「…………。」 一番気にかけてくれてるの?僕の事を?どうしよう。その言葉、半端じゃなく嬉しいんだけど。 「……不二?」 黙っている僕を不安そうに覗き込んでくる。嬉しい、けど。彼の言うことは当たってるんだよね。 「………うん。そうだね。僕は、自分が一番嫌い、かな。」 微笑うと僕は眼を閉じた。彼の手を自分の頬にあてる。やっぱり、冷たい。これは彼の心が温かいからなのかな? 「……お前は、オレを全然信じていないんだな」 不意に彼が呟くように言った。その自身のない声に驚いて僕は眼を開けた。映ったのは哀しみに満ちた彼の表情。 「何言ってんの。僕は手塚を信頼してるよ」 微笑って見せるけど、彼の表情は依然として沈んだまま。何で、そんな顔をするの? 「……不二。お前には以前から気きたかったことが、沢山ある」 彼は僕の手を握り返すとじっと眼を見つめた。そらせない、真っ直ぐな眼。僕には無いモノ。胸が痛む。 「な、に?」 「お前は何故そんなにも自分のことが嫌いなのか。何故家族…取り分け裕太くんにこだわるのか。そして、何故オレを選んだのか」 「……答えなきゃ、駄目?」 答えるには、僕の過去を掘り起こさなきゃならない。 「別に答えなくてもいいが。オレにだって独占欲はある。お前がオレの全てを知りたがるように、オレだってお前の全てを知りたいんだ」 「……独占欲。」 「そうだ」 少しだけ顔を赤くして頷く。そんなに真っ直ぐに言われると、僕、照れちゃうんだけど。でも、そうやって言ってくれるの、凄く嬉しい。君だけだよ。そんなこと言ってくれるの。 今までの誰も、僕の過去なんて聞こうとしなかった。聞かないで…『過去なんて関係ない』って僕に言った。でも、それはやっぱり違うと思うんだよね。過去を全てを知った上で受け入れてくれる事が『過去なんて関係ない』っていう事だと思う。 だから…。 僕は起き上がると、彼の隣に寄り添うようにして座った。 「少し、長くなるけど。……いいかな?」 「僕ね、今だからこうして微笑っていられるけど、昔は全然ワラワナイ子だったんだ。ワラワナイっていうか、なんに対しても反応を示さない。ほら、赤ちゃんが微笑うのってさ筋肉の反応だとか言うじゃない?それすらも無かったみたいなんだ。その所為で大分虐められたよ。近所からは気味悪がられたし。でも、僕はなんとも思わなかった。思うようなココロを持ってなかったんだ。僕が本当に何の反応もしないから、虐めはそのうち無くなったよ。ただ、依然として気味悪がられたけどね。そんな僕をいつも守っていてくれたのは家族だった。家族だけは、僕を普通のニンゲンとして扱ってくれたんだ。でも、それが逆に僕には辛かった。僕がいる所為で、家族にまで被害が及んで…。僕なんか生まれてこなければ良かったって思ったよ。僕さえいなければ、誰も苦しまずに済んだのにって。でも、死ぬ事は出来なかった。そうしたら、余計に家族を悲しませるから。というより、臆病だっただけかもしれないな。死ぬことが怖かった。だから今もこうしてのこのこ生きてる。」 「……死ぬ事は誰だって怖いだろう?」 「でも、僕は生きてちゃいけないニンゲンなんだ。これ以上…守られるのは、もう、厭だったんだ。守りたかった。誰かを。大切な人たちを。それが僕が生きていい理由になってくれる気がして。…けど、あの頃は。母さんや姉さんを守れるほど大人じゃなかったから。やっぱり、僕は守られてばかりで…。でも、気づいたんだ。裕太なら守れるって。僕よりももっと小さい手をした裕太なら、きっと、守れるって。守っていこうって。その為なら、僕はこの命さえ惜しまない。」 僕は宙に手を伸ばすと強く握った。その手を、彼の冷たい手が優しく包む。 「けど。裕太は泣いたんだ。僕が近づくと。…困ったよ。これじゃあ、僕は裕太の傍にいる事は出来ない。守ってあげることは出来ないって。でも、判ったんだ。裕太がなんで泣いたのか。怖かったんだよ。無表情の僕が。だから。僕は、それからは微笑うようになった。裕太を守るはずの僕が裕太を泣かせちゃいけないしね。作り笑いだよ。でも、お蔭で裕太は泣かなくなったどころか、僕に微笑いかけてくれるようになったんだ。嬉かったよ。これで、やっと僕の生きる理由が見つかったって。『裕太の笑顔を守る事』それが僕の生きる理由。生きる意味。……それからは判る通りだよ。僕はずっと裕太の傍で裕太を守り続けてきたんだ」 僕は溜息を吐いた。手塚は黙って僕の話を聞いてくれてる。5時間目はとっくに始まってる。また、彼に授業をサボらせちゃったな。 「自分の生存理由を見つけた事でいい気になっていたのかもしれないね。裕太を守る事は僕の為にも裕太の為にもなるって、本気でそう信じてたんだ。莫迦な話だよ。裕太が聖ルドルフに行くまで僕はずっと気づかなかったんだ。……ずっと僕が裕太を苦しめてたって事。」 そう。裕太が毎日のように喧嘩をしていたのは僕の所為だったんだ。僕の所為で虐められ、苦しんできた。 「…それは少し違うんじゃないのか?」 「?」 「裕太くんの性格だ。大方、お前の悪口でも言われてカッとなって相手につかかっていったんだろう」 「……それでも、僕の所為で裕太が傷ついてた事には変わりないよ」 「…………。」 「絶望的だったよ。結局、裕太を守るつもりで僕は…自分自身を守っていただけだったんだ。生きる理由は僕だけの中で発生してたモノだったんだ。本当に死のうと思ったよ。僕が生きていれば、それだけ裕太が傷つけられる。だから、あの日…僕はここから飛び降りようと…」 フェンスの上に座り、ずっと天を眺めていたんだ。そしたら、急に腕を引かれて。 「だが、オレが止めた。」 「……うん。」 そのまま、君に抱きかかえられた。あの時、初めて触れた手塚の手は、今よりももっと冷たかった。緊張して、冷や汗をかいていたらしい。 「驚いたよ。屋上は僕しか知らない秘密の場所だったのに」 「……お前がいつも屋上に居ることは知っていた。オレはずっと…初めて会ったときから…お前を見てきたから、な」 彼の言葉に頷くと、僕はその手に唇を落とした。 「君に告白された時は嬉しかった。僕も、君の事はずっと気になってたからね。でも、その反面、凄く不安になった。僕が誰かを好きになる事は許されないような気がしてたんだ。裕太の事はずっと好きだったけど、それはなんかもう使命に近くて。やっぱり100パーセントの恋愛感情じゃなかったし。家族だからって言うのがどっかにあって。でも、君は全然違う。家族でもない赤の他人だ。そんな君を僕が好きになってもいいのかなって。君に好かれるほどの価値が僕にはあるのかなって。君を好きだって言う気持ちはあったけど、それはどっちかって言うと、憬れに近かったんだ。純粋で、真っ直ぐで、何処までも綺麗な君に対する憬れ」 「…オレは、そんなに良い人間じゃない」 「でも、僕には綺麗に映ったんだ。君の何もかもが眩しく、ね。だから、僕は裕太に対する気持ちを君に話した。そうすれば君は僕を嫌ってくれると思ったから。僕と一緒に居たら、君まで穢れてしまうから。だから僕を嫌って、僕に近づかないようになれば、君はずっと綺麗なままで居られると思ったんだ。……なのに」 君は僕から離れようとはしなかった。 「…ねぇ、君は何で僕を選んだの?」 彼の手を強く握り、その眼を見つめる。けど。逆光でその表情はよく見えない。 「……綺麗だと、思った。」 「え?」 「お前の、その眼が、綺麗だと思った。上手く言い表せないけど。儚くて綺麗な存在だと。時々見せる深い眼の理由を知りたいと思った。初めてだった。他人に興味を持つなんて」 綺麗、か。彼がそんな風に僕の事を思っていてくれたなんて知らなかった。でも、考えてみれば、そうだよね。僕の本当の価値に気づいていたら好きになんかならない筈だから。 じゃあ、全てを知った今は? 「ただの興味だと、思ってたんだ。だが、お前を無意識に目で追っているということに気づいて。もしかしたら、お前のことが好きなのではないかと思った。それが判った時は嬉かった。そして、苦しくもあった。男同士だなんて。普通は気持ち悪いだけだからな。だから、ずっと言わなかった、言えなかったんだ。あの時まで。お前が飛び降りようとした日まで。…あの日、オレはお前を守りたいと思った。強く。お前が抱えている苦しみはオレが取り除いてやろうと」 「…………。」 「だから、その…。お前が生きる理由が欲しいというなら…オレ、の為に。生きては、くれないか?」 「………手塚?それって、どういう意味…?」 「そ、のままだ。」 彼は首に手をあてると、照れたように顔を背けた。 僕は未だに彼の言ったことがよく理解できない。だって、どうして…。 「なんで?手塚、僕のことが嫌いになったんじゃないの?」 「何故だ?」 「何故って…」 僕の過去を知ったのに。僕は生きている価値の無いニンゲンなのに…。 「オレはお前の全てを知りたいとは言ったが、それでお前を判断するとは言ってないだろう?お前の過去は否定はしない。あの頃のお前があったから今のお前があるからな。だが、過ぎた事だ。オレには、大した問題にはならない」 「……じゃあ、何で僕の事知りたがったの?」 「だから初めに言っただろう?ただの独占欲だ。」 「………独占欲。」 「そうだ。」 「…………。」 「……不二。顔が赤いぞ?」 「えっ?」 言われて、僕は思わず自分の頬に手をあてた。少し、熱い。自分ではそんなはずは無かったのに。やっぱり、少し照れてるのかな。彼の素直な気持ちに。 僕はひとつ深呼吸をすると、彼の指に自分の指を絡めた。 「手塚」 触れるだけの口付けをすると、僕は微笑った。 「……ありがと。」 君は気づいてないだろうけど、こうして心から微笑えるようになったのは君のお蔭なんだ。僕は、いつも君に救われてたんだよ。 |
ちゃんとした話にはなってないよねι 説明文みたい。やっぱ、期間限定で正解かな、って感じですネ。 とりあえず、こんな設定を頭において、不二塚を書いています。 つってもあれですよ、この設定が通用するのは不二塚だけで。 他のCPの時にはこんな暗い過去は不二くんにはありません。多分(苦笑) ちなみに、タイトルは愛内里菜の曲から。ピッタリだと思ったんだよね。イメージが。 アニメや原作で不二塚がおおっぴろげにやってるときだけ期間限定でアップしてましたが。 (説明的な内容なので、お話としてどうだろう?と思ったわけです) 観念して、ずっと置いておきます。 ちなみに、これを最初にアップしたのは2003年の3月31日だと思われ… |
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