Note
「すまないっ。俺が悪かった」
 下げた頭の上でパンと音を鳴らせて両手を合わせる。折り曲げた腰はほぼ90度で、きっと横から見たらとても滑稽な姿なのだろうと僕は思った。
 身長差は結構在るのに、彼の頭は今僕の顔の位置よりも低い。
 情けない彼の姿に思わず吹き出しそうになったけれど、僕はそれをぐっと堪えた。ここで笑ってしまったら、この怒りはその場で消えうせてしまう。
 たかだか誕生日を忘れただけのこと。だけど、再三僕が彼に言っていたのに、彼はデータノートは自分の眼鏡と同じで体の一部だと言い張ってそれを聞かなかった結果だということを考えると、これは簡単に許してはいけないことなんだと思う。
「言ったよね?ノートに頼ってばかりだと、いざノートを紛失した時に困るって」
 それでも僕の誕生日なんて珍しいから忘れにくいと思うのだけれど、それを忘れるということは、それだけノートに頼りきりになっていたということだ。
 PCが普及した今、漢字を読めても書けなくなる人が多くなったと言われるけれど。彼はどちらかというとPCよりノートの方が好きで、そのため漢字が書けなくなるということはなかった。それが、過信の元だったのだと思う。
 それにしても、よりによってスケジュール帳も兼ねているノートをなくすなんて。
「不二の誕生日は覚えていたんだ。ただ、今日が何日なのかが分からなくてだな。その。つまり。すまんっ」
 何日も前に約束していた誕生日デート。結局3時間も貴重な時間を無駄にしてしまった。
 気が短いほうではないので、1時間はとりあえず待って、その後連絡をしたんだけど。そのときにはもう既に彼は出かけていて。それで、この場所に来るまで相当な時間がかかったということなんだけど。
「……どうして帰っちゃわなかったんだろ」
「は?」
「どうして君なんかを待ってたのかな?」
 3時間も、と、その言葉だけは彼を見つめ強調して言う。すると、彼は更に深く頭を下げた。少し強い風が吹けば、前のめりに倒れてしまうのではないかと思うほどに。
「もう、いいよ」
 彼の姿が余りにも情けなかったから、というより、道行く人たちの視線が気になり始めたから。僕は自分の胸の前にある彼の頭を軽く小突くと、顔を上げさせた。
「はい、これ」
 そうしてようやく僕を見つめた彼に、僕は後ろ手に隠し持っていた包みを渡した。
「不二。これは……?」
「スケジュール帳。割引になってたのを見つけたから」
 彼の手をとり、はい、と包みを渡す。予期していなかったのだろう。ああ、と、ぼんやりとした返事をすると、彼は僕の手からそれを受け取った。
「何だか、悪いな。今日は不二の誕生日なのに」
「もういいよ。何だか僕まで情けなくなっ――」
「俺が遅れたのは、実はこれを取りに一度家に戻ったからなんだ」
 下ろそうとした僕の手を掴んだ彼は、広げた僕の手の上にプレゼントと思われるものを置いた。それは大きさや重さからして、ついさっきまで僕が後ろ手に持っていたものと似たもののような気がした。
「これは?」
「不二はスケジュール帳を持っていないから。ふらりと予定もなく出かけるのもいいが、たまには前もって予定を立てておくのもそれはそれで悪くないものだよ」
「……って。スケジュールを忘れて、遅刻した人の言うセリフじゃないよね」
「それについては、俺はもう、何も言えないな」
 僕の言葉に僕と身長が同じになってしまうのではないかと思う程に彼が項垂れる。その姿が情けなくて、だからこそ愛おしいと思ったから。
「冗談だよ。ありがとう、乾」
 クスクスと笑いながら言うと、僕はもう一度彼の頭をコツンと小突いた。




乾はノートがなければ役立たず
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