17.ユニフォーム


「いーぬいっ」
 部室のドアが乱暴に開く音と俺を呼ぶ声。振り替える間もなく、俺の背中には逃れられない重みが乗っていた。
「っ。」
 勢いに押され、ロッカーに額をぶつけてしまう。
「レギュラー、返り咲き。おめでとう」
「……ああ」
 額をさする俺を気にしない風で、不二は耳元で囁いた。自分の顔が赤くなっていくのを感じる。幸い、後ろから抱きつかれてるから、顔は見られなくてすんだが。
「どうしたの?耳、少し熱いよ?」
 不二は、触れているだけで人の感情を読むことが出来るから厄介だ。
「暑いんだよ。離れてくれないか?」
「窓、閉めっぱなしにしてるからだよ」
 息を吹きかけるように耳元でクスリと微笑うと、不二は俺から体を離した。部室の窓を全部開け放ち、後ろのベンチに腰掛ける。他の奴等の、練習する声が風と共に窓から入り込んできた。
「別に、窓を開けなくてもよかったんだけどな」
 抱きつくのを止めてくれれば。
「ん?何?」
「いいや。何でもない」
 思ったことが口から出てしまう。悪い癖だ。
 俺は溜息を吐くと、深呼吸をした。顔の火照りが薄らいだのを確認し、振り返る。
「で。何の用だ?」
「ん?」
「まだ練習中だろ?」
 窓の外に眼をやる。コート隅で指示を出している奴に、少しだけ違和を感じた。だが、その答えはすぐに出た。隣に居るはず奴が、居ないだけだ。そいつは、今、ここに居る。
「うん。まぁ。おめでとうって言いに来ただけ。昨日は言いそびれちゃったから。それと、手塚に負けて残念賞」
「……何だ、それは」
 振り返る俺と眼を合わせると、不二は悪戯っぽく微笑った。
「手塚の本気も知らないで、勝てると思ったのは浅はかだったんじゃないかな?でも、ま、手塚の本気を垣間見れただけでも良かったと思うよ。……手塚の実力はあんなもんじゃないけどね」
 窓の外に視線を移し、微笑った。憬れに似た眼差しが、そこにはあった。胸の奥に鋭い痛みが走り、俺は不二に気づかれないよう小さく深呼吸をした。
「……俺のこと、貶しに来たのか?」
「だから、おめでとうを言いに来たんだって。あ。これ、乾の?」
 俺の後ろ、ロッカーに畳まれたまま置いてあるレギュラージャージを見て、不二は言った。
「そうだけど」
「着ないの?」
 立ち上がり、俺の隣に並ぶ。
「暑いからな。今日は必要ないと思って」
「ちょっと借りるよ」
「おい…」
 言うと、不二は俺のジャージを羽織った。チャックを上まで閉めると、首が苦しそうだ。
「やっぱり、おっきいね。乾のジャージ。胴長?」
「違う。身長差があるんだから、大きいのは当然だろ」
 首元を英二がやっているように折り曲げ、腕をまくる。それでも、不二の腕は細いから、動かしているうちに袖が下りて来てしまった。
「でもやっぱり、乾は胴長だよ。だって、手塚の着たことあるけど、ここまで大きくなかったもん」
 ジャージを脱ぎ、丁寧に畳む。それをロッカーに戻すと、窓から見える手塚に眼をやった。
「手塚のも袖を通したのか?」
「うん。だって、手塚好きだもん」
 …………どういう理屈だ。
 まあ、不二に理屈を求める方が間違いなのかもしれないが。
 それにしても。なんの躊躇いもなく好きだと言ってのける不二に、俺は溜息を吐いた。俺の気持ちに、気づいていないわけではないだろうに。
「……手塚のより大きいのは当たり前だ。俺と手塚では5センチも身長が違う」
「5センチも10センチも大差ないと思うんだけどなぁ。僕より背が高い、って。それだけ」
 何を考えているのか。窓の外を見たままで、不二は淋しそうに呟いた。その後で、声には出さずに微笑った。
「何だ?」
「ううん。案外、身長って関係無いんだなぁ、って。最近は手塚も気づいてくれるみたいだから」
「………何の話だ?」
「こっちの話、だよ」
 俺を見て、不敵に微笑う。その笑みに、不二が今何を考えていたのか理解ったような気がした。しかし、それを確かめる勇気は俺にはなかった。また、胸の奥が痛む。
「さて。そろそろ行こっかな。あんまり長居してると、手塚が妬いちゃうし」
 そんなに気になるのか、不二はまた窓の外を見た。つられるようにして、俺も窓の外に目をやる。と、手塚と眼が合ってしまった。この距離でも分かる、いつもより深くなっている眉間の皺。
「そうしてくれると、俺としてもありがたいな。とばっちりを受けて走らされるのはごめんだからな」
 今にも怒鳴り声が聞こえてきそうな気がして、慌てて手塚から眼を逸らすと、不二と眼が合った。
「なんかもう、機嫌悪いみたいだね」
「……それが目的だった。なんてことはないだろうな?」
「…………さて。どうだろう」
 悪戯っぽく微笑うと、不二は窓の外に手を振った。





庭球作家に20題から漏れてしまった話。
乾クンは胴長推奨。
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