「……乾」
 俺の隣に並ぶと、不二は囁くような声で言った。特に周りに人がいないのだから、こんな小声じゃなくてもいいはずなのだが。不二は部屋に二人でいるときも、大勢でいるときも、俺と話すときは小声で、囁くようにして話す。
「何だ?」
 座っているときは良いが、こうして立っていると、身長差が俺たちの会話の邪魔をする。だから俺は、少しだけ猫背になり、不二の言葉に集中しなければならない。この体勢は疲れるのだが、致し方ない。俺がどんなに聴こえないと言っても、不二は音量を変えること無く、会話を先に進めてしまうから。
 全く。マイペースにも程がある。お蔭で、ここ最近俺は姿勢が悪くなっている気がする。
「最近さ、猫背気味だよね」
「……誰の所為だと思ってるんだ」
「何?僕の所為なの?」
 理解っているくせに。
 不二は惚けたように言うと、クスクスと微笑った。その微笑い声だけは、通常みんなと話しているときの大きさだから、妙に頭に響く。
 俺はその笑い声を振り払うように頭を振ると、背筋を伸ばした。
「不二」
「ん?」
「頼むから、普通の声の大きさで話してくれないか?」
「それは駄目だよ」
 クスクスと微笑いながら、また、小声で話す。なんとか聴き取れてはいるものの、不二の言葉をひとつでも聞き逃すと大変な方向へと話しが進んでいってしまう恐れがあるので、仕方なく俺はまた猫背になった。満足げに不二が微笑う。
「ねぇ。何で僕が君と話すとき、囁くようにするか知ってる?」
「……俺を猫背にしたいからだろう」
「違うよ」
 溜息混じりに呟く。その後で、気を取り直したように息を吸い込むと、不二は背伸びをして俺の耳に唇を寄せた。
「好きだよ、乾」
 心地良い低音が、頭に響く。
「ね。どう?」
 地に踵をつけると、不二は俺の顔を覗き込んできた。
「何がだ?」
 赤くなってしまった顔を見られたくなくて、言いながら眼鏡を直すと、俺は顔を背けた。愉しそうに、不二が微笑う。
「乾は色んな事を考えてるからね。普通の声だと、BGM代わりにしかならないでしょ。でも、こうやって囁くと。乾は僕に集中してくれるから」
 だから僕は、こうやって乾に好きって言ってるんだよ。その方が、気持ちも伝わりやすいしね。
 また、囁くようにして言う。
「……確かに、そうかもしれないな」
「だから、ね」
 やっとの事で不二を見た俺にふわりと微笑うと、今度は声に出さずに不二は囁いた。



365題『ささやき』を考えている途中で思いついたネタ。
だから、ちょっとかぶるところが在るかも?あ、無い?まあいいや。
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