不思議

「青春学園テニス部、七不思議2005年版」
 溜息の後、彼はノートの最後のページを開くと、突然言った。
「その一、何故、手塚国光は顧問に間違えられるのか」
 ……そりゃ、あれだけ落ち着いてれば間違えられるよね。顔も、眉間に皺とか作っちゃって、どう見たって中学生に見えないし。
「その二、何故、みんな、俺の眼鏡を外そうとするのか」
 ……その眼鏡の所為で眼が見えてないってこと。気付いてないのかな?
「その三、何故、みんな、不二周助を天使に例えるのか」
 ……まぁ、事実だし。
 とまぁ、こんな具合に。幾つかの彼の『何故』と、僕の心の中でのツッコミを繰り返した後、彼はノートを閉じると、顔を上げた。
「何故、皆の健康を考えたパーフェクトドリンクである乾汁とそれを作った俺が嫌われ、皆の苦しむ顔を見ることに生きがいを感じ実行に移している不二周助が好かれるのか」
 僕を真っ直ぐに見、言う。その真剣に困っている表情に、僕は思わず微笑った。
「それ、七不思議じゃないよね。もう…幾つめ?」
「……二十七個目だ」
「そう」
 七つ目を過ぎてから、彼は『その八』だとか『その九』だとか、と言わなくなってたから。数えて無いものだと思ったけど。しっかりと数を把握していたことに、彼らしいな、と思うと同時に、僕はまた微笑ってしまった。透けていないレンズのその奥で、彼の顔が少々不機嫌になるのが分かる。
「怒らない。僕が笑い上戸だってデータマンの乾なら、ちゃんと知ってるでしょう?」
「それくらい、データを採らなくても誰だって分かるさ」
「そっか。そうだね」
 不貞腐れたような彼の言葉に、僕が素直に頷いてしまったから。彼は余計に不機嫌、というより、しょげてしまった。しかたがないな。さっきよりも少しだけ丸くなった背筋に、今度は表面に出さないようにして微笑った。
「どうしてか、は分からないけど」
 言葉を止め立ち上がると、パイプ椅子を持って彼の隣に移動した。閉じたノートを開き、彼の言う七不思議を文字で確認する。
「でもそれを不思議だって思うってことは、乾はそれなりに罪の意識を感じてるってことじゃない?」
 二十七個目の七不思議を指でなぞると、僕は俯き加減の彼の顔を覗き込むようにして見つめた。違う?と目で問いかける。
「……その言い方だと、まるで不二は罪の意識を感じていないように聞こえるが」
「うん。感じてない。っていうか、悪いことなの?」
「………お前っ」
「だって、楽しいじゃない。それの何処が悪いの?」
「…………」
 微笑いながら言う僕を、彼は不可思議な生き物でも見るかのような目で暫く見つめると、大きな溜息を吐いた。
「じゃあ、もしかしたら不二が気にしていないとか俺が気付いてないというだけで、案外不二は嫌われているのかもしれないな」
「そうかもね」
 ニィ、と少々気持ちの悪い笑みを見せながら言った彼に、僕は、ニッ、と可愛らしく微笑って頷いた。彼が笑顔を崩し、また溜息を吐く。
「え?嫌われてる僕って、嫌い?僕は嫌われてる乾でも、変わらず好きなのに」
「……俺が嫌われてることは決定なんだな」
「だって、乾のデータに間違いはないんでしょう?」
「さて。どうだかね」
 ノートをパラパラと捲りながら自信なさげに言う彼の顔を覗き込むと、それと、と呟いて僕は唇を重ねた。
「これ、僕の楽しいこと。ね、乾はこれを悪いと思う?」
「…………」
「じゃあ、やっぱり僕は嫌われてないんだね。僕が気にしてないとか、乾が気付いてないとかそんなんじゃなく」
 さっき見た、彼の気持ちの悪い笑みを真似て、ニィ、と微笑ってみせる。
「……七不思議。その二十八」
「うん?」
「何故、不二の笑顔はどんなに裏があっても可愛く見えるのか」
 真っ赤にした顔でノートに書き込みながら言う彼に、もう一度唇を重ねると、僕はとっておきの笑顔を見せた。



365題『罪』のコメントを参考に。 とは言え、乾が汁を作ることに罪悪感を覚えてるって言うだけで。『罪』がテーマにはなってませんけどね。
そんなことよりも。果たして西暦は『2005』であっているのかどうか。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送