「君が時々人魚姫のように思えることがあるよ」
知ってる?人魚姫の話。
暗い帰り道、おれの手をしっかりと繋いで言う不二先輩に、おれは黙って頷いた。
人魚姫。自分の美しい声と引き換えにしてまで恋した王子と共に生きようとするが、想いは届かず。しかし、人魚の生活に戻ろうにも王子を殺さなくてはならないため、それをせず。最期は海の泡になり消えてしまうという話だ。
だが、おれのどこがそれを思わせるというのか。
いくら考えても繋がりが見えて来なかったおれは、空中を漂っていた視線を先輩に戻した。てっきり前方を向いているとばかり思っていたが、先輩はずっとおれを見ていたようだった。暗がりの中でより深い蒼をした先輩の眼と、視線がぶつかる。
「……どうして僕がそう思うのか理解らない。そんな顔だね」
笑顔を作りながら言う先輩に、おれはまた素直に頷いた。
不二先輩はいつも凄いと思う。おれだけではなく、色々な奴の考えていることを言い当てることが出来る。
単純な桃城なんかなら、おれも言い当てられないこともねぇが、何を考えているのか分からない乾先輩や、表情の少ない手塚部長の考えていることすらも当ててしまう。それを才能と一言で片付けてしまうことが出来れば幾分楽なのだろうが、おれは案外深く考えてしまう性質だから困る。先輩が見ているのはおれだけじゃねぇんだ、と。それが違うのだと分かっていても、思い悩んでしまう。
「ん?」
おれが頷いたままいつまでも顔を上げないでいるからなのか、先輩は覗き込むようにして視界に入ってきた。近すぎる距離に、慌てて身を引く。
「何か、言いたいことでも?」
「………別に」
顔を背けるようにして呟くと、その横で先輩が苦笑したのが分かった。おれの手を痛いくらいに先輩が強く握る。
「そういうとこ、だよ」
「?」
「海堂のそういうとこ。人魚姫みたいだ。言いたいことがあるのに言わず、想いをいつまでも胸に秘めてる。吐き出しちゃえば、楽になるのにね」
先輩の言葉に顔を上げると、先輩は少しだけ辛そうな笑顔でおれを見ていた。溜息にも似た深呼吸をして、いつもの笑顔をおれに向ける。
「でも、君は人魚姫とは違う。彼女は声を出せないようにされていたけど、君は自由に声を出すことが出来る。それに…」
君の想いはちゃんと僕に届いてるしね。
おれの腕を引き囁くと、先輩は触れるだけの口づけをして微笑った。そんなことをされたら、顔が赤くなって、余計に何も言えなくなるのを知ってるはずなのに。
「ねぇ、海堂。何か僕に言いたいこと、あるんじゃない?」
俯くおれの顔をわざわざ覗き込んでくる。赤くなった顔を見られないように、おれは顔を背けた。もちろん、声なんて出せるはずがねぇ。
「しょうがない、か。それが海堂薫だもんね」
暫くの沈黙のあと、溜息混じりに先輩が言った。強く握っていた手を緩めて、歩きだす。その手に引かれるようにして、おれも先輩の半歩後ろを歩き――。
いや、歩かねぇ。
「……海堂?」
先輩の手を今度はおれが強く握る。立ち止まったおれに引き戻されるような形で振り返った先輩は、不思議そうな顔をしていた。
恥ずかしさに顔が熱くなっていく。落ち着け、と自分に言い聞かせると、おれは先輩を真っ直ぐに見つめ、大きく息を吸い込んだ。
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