酔う


 ぼくは病気なのかもしれないと思うときがある。
「どうしたの、勝郎クン。ぼーっとしちゃって」
「あっ、いいえ、何でもないです」
 いきなり顔を覗き込まれて、ぼくは赤面してしまった。慌てて顔を伏せる。
「そう?」
 クスリと微笑いながら、ぼくの頭を優しく撫でる。見上げると、不二先輩は優しく微笑っていた。
 どういうわけか分からないけど。ぼくは不二先輩のこの笑顔を見ると、顔が真っ赤になってしまう。胸だってドキドキして。まるで、お酒に酔ってしまったときのように。といっても、お酒なんてまだ飲んだことがないから分からないけど。頭がくらくらして、ぽーっとして、足元がおぼつかなくなるんだから、きっとこんな感じなんだと思う。
「顔、赤いけど。熱、あるんじゃない?大丈夫?」
 ぼくの頬に触って上を向かせると、先輩は額をくっつけてきた。すぐ目の前に先輩の顔があって。ぼくはどうしていいのか分からなくて。
「あっ、の。大丈夫ですっ。大丈夫ですから」
「でも、熱、あるみたいだよ?」
「そうじゃなくって。なんていうか、その。先輩の顔見てたらなんかぽーっとなっちゃって、それで」
 何とか先輩の方から額を離してもらおうとしたけど、パニックで。ぼくは自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってしまっていた。
「じゃあ、僕のせいってこと?」
「そうじゃなくって。ごめんなさい。でも、とにかく、大丈夫ですからっ」
「可愛いなぁ、勝郎クンは」
 慌てふためくぼくに、先輩はやっとのことで額を離すとクスクスと楽しそうに微笑った。
「す、すみません」
 真っ赤な顔。恥ずかしくって、ぼくは俯いた。また、先輩が頭をくしゃくしゃと撫でる。
「いいんだよ、気にしなくて。だって、僕のせいなんだから」
「あ。そういう意味で言ったわけじゃなくって」
「僕に見惚れてたってことでしょ?」
 顔を上げたぼくに、先輩はまた優しく微笑った。頭がくらくらする。
「……は、はい。すみません」
 ぼくは深く頭を下げると、もう一度先輩を見上げた。顔に手を当ててたからよくは見えなかったけど、ぼくを見つめる先輩の頬は少し赤いみたいだった。
「不二先輩?」
「……あ。ううん。あんまり君が正直なものだからさ。ちょっと、嬉しくてね」
 まだ赤みの残る顔でクスリと微笑うと、先輩は空を仰いだ。それに合わせて風が吹いてきて、さらさらと先輩の髪をすいた。まるで、風を操ってるみたいに。
 いつだったか、小坂田さんが不二先輩が天使に見えるって言ってたけど、ぼくには天使よりも風の精に見える。何にも縛られなくて、自由な風の精。
「ほら、勝郎クン。僕を見て呆っとしないの」
 ぼくの視線に気づいた先輩が、目を合わせると優しく微笑った。
「すみま…」
「謝っちゃ駄目」
 謝ろうとしたぼくの肩に触れ、それを止める。見上げると、先輩は肩から手を離し、僕の頭に優しく手を置いた。
「部活終わったら、一緒に帰ろうか。そのときなら幾ら見惚れてもいいから。だから、部活の間はちゃんと練習しよう?」
「は、はいっ」
 頷くぼくに、先輩は、約束だよ、と微笑うと、手を取って互いの小指を絡めた。
「じゃ、酔い覚ましに顔でも洗っておいで。頭、すっきりすると思うから」
「あ。はいっ」
 指を離し頷くと、ぼくはふらつく足で水道へと向かった。





365題で惜しくも落選した話。
確か、コメントに「不二先輩にメロメロなカチロー」見たいな事が書いてあったので。そんな感じで。
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