プレゼント


「………どうして?」
 部室の入り口で立ち止まったぼくに、その人はいつもみたいに優しく微笑った。
 夢なんじゃないかって思って、目をこするけど。
「夢じゃないよ。ほら、おいで」
 クスクスと微笑いながらぼくを手招く。頷いてぼくが歩き出すと、手招いていた手を移動させて、座っている青ベンチのとなりを叩いた。
 けど。となりに座るのはなんだか恥ずかしい気がして、ぼくは座らなかった。
「不二先輩、昨日卒業したのに…?」
「うん。でも、君にこれを渡したくてね」
 目の前に立ったぼくに、先輩は微笑っていうと、どこからか小さな花束を出した。それをぼくに向けて差し出す。
「?」
 わけが全然分からなかったから、ただぼくは、その花束と先輩を交互に見ていた。
「しょうがないなぁ」
 クスッと先輩は微笑うと、ぼくの手をとって花束を持たせた。立ち上がって、ぼくの頭を優しくなでる。
「今日、カチローの誕生日でしょう?」
「……あっ。そういえば」
 先輩が部室にいたことに驚いて忘れてたけど、今日はぼくの誕生日だった。
 朝から、堀尾くんとかカツオくんとか、竜崎さんとか小坂田さんとかがぼくにおめでとうっていってくれてたっけ。
 そういえば、リョーマくんにはなにもいわれてない。というか、今日はリョーマくん、なんだかぼくを避けてるみたいだったんだけど。
「でも、なんで不二先輩が知ってるんですか?」
「リョーマが教えてくれたんだ」
「………え?」
 リョーマくんが?
 でも、だったらなんでぼくを避けてるんだろう。それとも、避けてるっていうのは、ぼくの勘違いだったのかな。
「で。今日は一緒に帰ってあげれば?って。これ、きっとリョーマからカチローへの誕生日プレゼントだよ」
 でも面白いんだよ。自分で言い出したのに、僕が乗ったら、拗ねてるんだから。
 本当に優しい顔で微笑いながら、先輩はいった。その顔に、ぼくの胸はやっぱり痛む。
 不二先輩とリョーマくんが付き合ってるのは知ってるし、そこにまだぼくは入っていけないっていうのも分かってるつもりだけど。それでも、やっぱり先輩のそういう顔を見ると、苦しくなる。
 それだけ、ぼくが不二先輩を好きなんだっていうことだと思うけど。
 早く、強くならなきゃ。リョーマくんと肩を並べるほどにとはいわないけど、せめて、先輩の目に留まるくらいには。
「カチロー?どうかした?」
「あっ。なんでもなっ…わ」
 急に近づいてきた顔に、ぼくはいいながら慌てて体をそらせた。けど、その勢いがありすぎて、ぼくはよろけてしまった。花束を持ってたこともあって、そのままぼくはしりもちをついた。
「いてて…」
「大丈夫?」
 それを見た先輩が、楽しそうにクスクスと微笑いながら、手を差し伸べてくる。
「はい。なんとか」
 少し恥ずかしかったけど、ぼくは赤い顔でなんとか微笑い返すと、先輩の手をとって立ち上がった。いちおう、念のために花束の点検をする。
「よかった」
 崩れてない。
「ぷっ。あははっ」
 花束が無事だったことにほっとしてると、突然、先輩が大きな声を上げて笑い出した。さっきまでの穏やかな微笑いかたじゃなくて、部活でたまにしか見ることのなかった笑いかた。
「あ。ごめんごめん。いやぁ、なんか、カチローらしいよね」
「?」
「まぁまぁ」
 まだ少し笑いを引き摺りながら先輩はいうと、もう一度ぼくの手を握った。
「不二、先輩?」
「さ。一緒に帰ろうか」
「え?でも、まだ部活が…」
「一日くらい休んでも平気だよ。誕生日だし、時間は短いけど、デートしよう」
 少しくらいの我侭は訊いてあげるよ。何処行きたい?
 手を繋いだまま、ぼくの荷物を肩にかけると、先輩はきいてきた。少し考えて、顔を上げる。
「だったら、ぼくとテニスをしてください。これでも、少しは上手くなったんですよ」
 ここでぼくの成長を見せて、少しでも興味を持ってもらわないと。
「いいよ。じゃあ、僕とリョーマがよく行く、秘密のテニスコートに連れてってあげるよ」
 優しく微笑いながら先輩は頷いてくれたけど。その言葉が嫌で、ぼくは立ち止まって俯いた。
「カチロー?」
 しばらく黙ってると、またさっきみたいに先輩が顔を近づけてくるのが分かった。今度は体を仰け反らせたりなんかしないで、ぼくは先輩に向かっていった。
「………カチっ」
 ぼくの行動に驚いてる先輩をギュッって抱きしめる。
「それと、1つわがままがいいですか?」
「…………何だい?」
「今だけでいいんです。今だけ、ぼくのことだけを考えててくれませんか?」
 いって、先輩の温もりがまだ残ってる唇を、ぼくはその胸に押し当てた。だめだっていわれるのが怖くて、もっと強く、先輩を抱き締める。
 静かになった部室。すると、先輩の溜息が聞こえてきた。ぼくの頭を撫でながら、体を離す。断られると思って俯いてると、強く手を引かれた。
「不二先輩?」
「僕とテニス、するんでしょう?早く行かないと。こうしてる間にも、時間は過ぎていくんだから」
 恐る恐る顔を上げたぼくに、先輩はそういうと優しく微笑った。
「はいっ」
 それがすごく嬉しくて、ぼくは自分でもびっくりするような大きな声で返事をすると、繋いだ手を強く握り返した。





不二リョ前提さね。
分割モノ『いじわる』の続きっぽいカンジで。
ってかさ、中学校の卒業式っていつだっけ?
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