千以上の言葉を並べても...


 バス停までの近道。俺達はいつものように手を繋いで公園の中を歩く。
 途中、先輩が小さく声を上げ、立ち止まった。
「……なんスか?」
「あれ。」
 言って先輩は空を指差した。視線をその先へと向ける。
 秋の澄みきった青。それを二つに分けるような、一筋の雲。
「飛行機雲っスね」
「うん。……明日は雨かな」
「え?」
「飛行機雲が長い間こうして空に残っていると、次の日は雨なんだって」
 先輩は俺を見つめ、頬に手をあてると、優しく微笑った。
「ふぅん」
 その笑顔に照れながらでもそれを悟られないように頷くと、頬にあてられた手を解き、俺はまた歩き出した。刺すように冷たい風が、一瞬だけ頬を霞める。
 苦にならない沈黙。心地のいい空間。バス停までの、ほんの僅かな時間。
 酷く穏やかな終わりだと思う。残酷過ぎるほどに。もっと後腐れらしきものが残ってくれたらいいのに、もっとアンタを憎ませてくれたら…。
「バス、来るまであと10分くらいあるね」
「あ。…そ、そうっスね」
 呆っとしている間に、バス停まで来ていたらしい。無意識でここまで来れてしまう自分が少しだけ哀しい。
 座ろうか、と先輩に促され、俺はベンチに座った。バス停にいるのは、先輩と俺の二人だけ。
「…ビデオ。」
「え?」
 思い出したように先輩が言葉を漏らす。呆っとしていた俺は思わず過敏に反応してしまった。それを見て、先輩が微笑う。
「僕のビデオ。君の部屋に置きっぱなしだね」
 確か、相当昔に借りたビデオだ。あの頃は、先輩の事を少しでも知りたくて、借りた映画。なんていったっけ。タイトルが思い出せない。
「今からとってきましょうか?」
 走れば、まだ間に合う。
 立ち上がろうとした手を、先輩に掴まれる。
「いいよ。あれ、あげるよ。内容は頭の中にちゃんと入ってるから。それに、どうせまだ見てないんでしょ?」
「……っス」
 頷くと、俺は力無くベンチに座った。横で先輩がクスクスと微笑う。
 心ん中で溜息を吐く。
 別に。何が悪かったってわけじゃない。強いてあげるなら、タイミング。
 先輩が部活を引退した途端、俺たちの会う回数は減った。先輩は受験があって、俺にはテニスがあって。そうなると、当然、すれ違いも生まれてくる。
 切り出したのは、俺。押し切ったのも、俺。先輩に会えない苦痛。でも、それ以上に苦痛だったのは、先輩が俺の為に無理矢理時間を作ってくれる事。俺は自分のことしか考えていないのに、先輩はいつも俺のことばかり考えてくれて。それが苦痛だった。だから…。多分、これが最良の選択。
 俺がもっと早く生まれていたら、先輩がもっと遅くに生まれていたら…。なんて。最近はそんな変な後悔ばかりずっとしてる。無駄だって、分かってても。
「……バス、来たみたいだね」
 独り言のように言うと、先輩は立ち上がった。視線の先に目をやると、ちょうど、バスが角を曲がってくる所だった。
 バスを待っている先輩の背中を見るのも、今日で最後。そう思うと、どことなく淋しい感じがして。顔を伏せたくなる。
 でも。
「じゃあね。リョーマ」
「……さよなら、周助。」
 先輩が微笑うから。
 俺も微笑って先輩がバスに乗り込むのを見送ると、小さくてを振った。付き合い始めた頃と同じように。
 それを見た先輩は、少しだけ哀しそうな、でも優しい笑みで返す。
 ドアが閉まる。淋しさに胸が痛む。もしかしたら、うまく微笑えてないかもしれない。
 突然、先輩が真剣な表情になったかと思うと、俺の眼を見つめ、口の中で言葉を呟いた。
「―――っ」
 その意味を理解した瞬間、俺の視界は滲んだ。頬を伝う前にと、急いで涙を拭う。顔を上げ、もう一度先輩の顔を見ようとした。でも、バスはもう走り出していて。小さくなりはじめたその笑顔も、再び滲んできた視界でよく見えなかった。
 脱力したように、俺はベンチへと座った。
 涙が、溢れてくる。
 結局、俺は最後まで自分の事しか考えてなかった。先輩は何も言っていない。苦痛を感じていたのは俺だけだったかも知れなかったんだ。先輩はこうなることを望んでいなかったのかもしれないんだ。
 もしかしたら、別の道もあったかもしれない。受験なんて、この先何年も一緒にいるんだとするなら、あっという間なのに。なんで、俺はこんなにも焦っちゃったんだろう。
 結末を選んだのは自分なのに。さっきまでは穏やかだったのに。先輩の一言で、凄く心が揺れ動いている。
 あの人は何で今更あんなことを…。
 でも、こうなることを心のどこかで望んでいたのかもしれない。後腐れらしきもの。でも、だったら。どうせなら、俺がアンタを憎む事が出来るように、酷い言葉を投げて欲しかった。立ち直れなくなるくらいに汚い言葉を。それが、嘘でも、真実でも。
「俺だって、アンタの事、今でも好きっすよ」
 どんなに言葉を並べても、本当の気持ちだけは伝わらないのかもしれない。いや、例え伝わったとしても、通じ合ってたとしても、どうにもならないことだってあるんだ。
「…周助の、バカ。」
 俺は立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。とりあえず、家に帰ろう。帰って、先輩が置いていった映画を見よう。もしかしたら、ずっと見えなかった先輩の気持ちが分かるかもしれない…。





5割だねぇ…。リョーマ、切ない率。ごめんねぇ。。。
基ネタはGARNET CROWの『千以上の言葉を並べても...』です。
タイトルそのまんまやね。
なんか、不二塚でも塚リョでもなんでもないのに別れ話を書いたのは初めてかもしれない。
リョーマくん、なかなか幸せになれませんね。
でもねー。なんかねー。彼の涙は好きなんだよね。海堂、裕太に次いで(笑)
そういえば。飛行機雲の知識って、アレであってます?

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