「つまんない」
僕の膝の上で、僕の手を遊びながら呟く。その手を解き、替わりにぎゅっと抱きしめる。
「僕といるコトが?」
耳元で囁くと、彼は首を振った。
「雨。」
窓の方を指差す。
「ああ」
成る程。確かにね。
ここのところ、毎日のように雨が降っていた。彼がツマラナイというのも理解る。僕たちは一週間近く、テニスをしていなかった。部活はあっても、ミーティングか筋トレ程度。毎日のように運動をしていた僕たちにとって、これはとても困った問題だ。ストレスもナニも昇華できない。カラダだって鈍るしね。
でも。雨だって、そんな悪いことばかりじゃない。そのことに、彼は気づいてるんだろうか?
「でも…」
呟くと彼は僕の手に触れてきた。
「…リョーマの手、冷たい」
クスリと微笑い、その冷えた手を包む。
僕の頬に自分の頬を合わせると、彼は照れたように微笑った。
「そのおかげで、こうして周助と一緒にいられるんだよね」
そうだよ。この雨のお蔭で今日の部活は休みになり、僕とキミは一緒にいられるんだ。気づいててくれたんだね。
「うん」
頬をすり合わせるようにして頷く。
「くすぐったい」
また、彼が微笑った。少し耳が紅いみたいだ。
「けど」
「ん?」
「2人っきりじゃないから、なんかヤダ」
不満そうな声を上げると、彼は視線を自分の膝の上に落とした。
「ほぁら」
僕の膝の上にいるリョーマの膝の上から、間の抜けた声。
「カルピン。邪魔。あっち行ってろよ」
また、不満そうに言う。本当は手を出して退かしたいみたいだけど。
「雨だからね。しょうがないよ」
僕が彼の手をしっかりと握っているから。
「ちぇっ」
彼は舌打ちをすると、カラダの力を抜き、寄り掛かるようにして僕の顎の下に頭を置いた。
「周助は甘すぎるんだよ。カルピンに」
彼が喋る振動が、くすぐったい。
「しょうがないよ。だって、猫だからね」
腕を解き、その先で眠っているカルピンを撫でる。
……ズルイよ、カルピンは。
胸の辺りで呟く声が聞こえた。
思わず、笑みが零れる。
「周助はイヤじゃないの?」
微笑っている僕を睨み、彼が言った。
こういう、子供っぽい所が好きなんだよね。
だから。つい。
「カルピン、こっちおいで。」
彼の言葉も視線も無視すると、僕は自分の隣にある空白を叩いた。2,3度耳を動かしたカルピンはのっそりと起き上がると、僕の隣で再び丸くなった。
「可愛いよね、カルピンって」
そっと、喉もとを撫でてやる。ゴロゴロと自分がネコあることを証明するかのように、カルピンの喉が鳴った。
「いいよ、もう。」
暫く黙って僕の行動を見ていた彼は、痺れを切らしたように呟くと、立ち上がりベッドにうつ伏せた。
拗ねてるな。
思ったとおりの行動が可笑しくて、僕は声を立てずに微笑った。
カルピンはというと、主人の不機嫌を察知したのか起き上がりリョーマの寝ているベッドへと飛び乗った。機嫌をとるかのように彼に寄り添う。
でも。それは逆効果だったみたいで。
「……邪魔だよ、カルピン。あっちいけよ」
明らかに不機嫌な低い声。カルピンは暫く彼を見つめていたが、何かを悟ったのか、短い鳴き声を揚げると僕の膝の上に座った。
「可哀相に。非道い主人だね。折角機嫌をとろうとしたのに」
カルピンの喉を撫でながら言う。
「一番ひどいのはアンタだよ。」
うつ伏せたままだから、くぐもった声になってるけど。その言葉は、ちゃんと僕の元に届いた。
それが可笑しくて。また、微笑う。
不図、さっきまで聴こえていたはずのノイズが消えていることに気づき、僕は窓を見た。
ねずみ色の厚い雲の隙間からは、スポットライトのような陽が差し込んでいた。
構図が、頭に浮かんだ。
カルピン、ごめん。
呟くと、カルピンはそれが理解ったのか、すぐに僕の膝から降りた。
「リョーマ。機嫌直して」
寝ている彼を強引に仰向けにし、上から覆い被さる。
「ヤダ。」
僕から目線をそらすようにそっぽを向く。その耳元に、僕は唇を寄せた。
「ごめん。好きだよ」
頬に唇を落とし、起き上がる。
暫くの沈黙のあと、彼は頬に手を当てると、顔を真っ赤にして起き上がった。
「………そんなこと言ったって俺、許さないっスよ」
むくれた声で言う。
でもね。
説得力ないよ、その顔じゃ。
などとは、言わないことにする。
「さ、行こっか」
僕はベッドから降りるとジャケットを羽織り、彼に手を差し伸べた。
頭にハテナを浮かべながらも、彼は僕の手を取った。その手をきゅっと握り、僕の方へ引き寄せる。彼は、すっぽりと僕の腕の中におさまった。
「雨。あがったから」
少しだけカラダを離し、窓に視線を送る。つられるようにして、彼も窓の外を見た。
「ホントだ」
窓から入ってくる陽の光に眼を細めながら彼が呟く。
「カメラ、持ってきてるんだ。雨上がりの澄んだ空気を吸いながら、散歩でもしませんか?」
視線を戻した彼に、僕は微笑いかけた。彼の顔が、紅く染まる。
「……2人っきりで?」
「もちろん、2人っきりで。」
「…なら、行く。」
素直に頷いたので、僕は彼から手を放した。
「雨もいいけど、俺はやっぱり晴れてくれた方がいいな」
外に出て澄んだ空気を吸い込むと、彼が呟いた。
「そうだね」
空を見上げ、伸びをする。彼も僕の隣で伸びをする。
その構図がなんだか可笑しくて、僕は微笑った。彼も、微笑った。
僕たちはどちらからともなく手を繋いだ。
「それでは。カメラも持ったし。散歩に出掛けるとしますか。」
「2人っきりでね」
「そう。2人っきりでね」