僕は猫が好き。だから彼が好き。というわけではないのだけれど、彼が猫に見えるときがある。そういう時、やっぱり彼が好きなんだなぁ、なんてしみじみ思ってしまったりするわけで。
「じゃあ、もし、先輩が猫好きじゃなかったら、俺のこと好きになんなかったんスか?」
とか、
「じゃあ、もし、俺が猫っぽくなかったら、先輩は俺のこと好きになんなかったんスか?」
とか訊かれると、結構困ってしまう。まあ、ヒトの好みなんてそれぞれだし、猫っぽいのを性格だとしてしまえば、どちらの問いにもイエスと答えるしかないかもしれない。
なーんて、正直に答えてしまったのがいけなかったのかなぁ。
「ねぇ、リョーマ。お願いだから機嫌直してよ」
「やだ。」
僕の膝の上を特等席としている猫は、頬を膨らせたままTVゲームに熱中している。彼が怒っている原因は僕が彼を好きになった理由について。自分で訊いておきながら、僕の出した答えに怒るなんて勝手だとは思ったんだけど。やっぱり、僕も気遣いが足りなかったのかな。
『あまり甘やかすなよ』
青学の父と母である手塚と大石の顔が浮かんでくる。
解ってるんだけどね。甘いって。でも、こればっかりは仕方がない。惚れた弱みってやつだよ。
「リョーマってば」
抱きしめている腕に力を込め、その首筋に顔を埋める。
「やだつってんでしょ。放してくださいよ」
リョーマは身体を動かすと、僕の腕を解いてしまった。もっとしっかり抱きしめてることもできたんだけど。リョーマの肩が動いた拍子に僕の顎にぶつかった所為で、力が緩んでしまった。痛みに顎を押さえる。非道い。まぁ、自業自得みたいなところあるし、僕の膝から降りたわけじゃないから、別にいいんだけどね。
それにしても。イヤなんだったら、膝から降りればいいのに。そんなところにいるんじゃ、僕に抱きしめてくれって言ってるようなもんだよ。なんて。思っても言わない。これ以上機嫌を損ねられても困るしね。
もしかして、それが僕のイケナイところ?
でも、リョーマが僕の傍に居てくれてるってことは、怒ってるっていうよりも拗ねてるって証拠だから。この機嫌の悪さも、そう長続きするものじゃない。
とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。目の前に居るのに抱きしめることが出来ないなんて。そんなの、哀しすぎるよ。折角、約一週間ぶりの二人きりなのに。
こうなったら、強行手段。失敗したら大変だけど。まあ、たぶん成功するだろう。
僕は右手を伸ばし彼の顎を掴むと、強引に自分のほうを向けさせた。
「なにすっ…ん」
何かを言おうとする唇を強引に塞ぐ。
「っやめ…」
案の定、抵抗するのは口先だけで。やっぱり彼も淋しかったのかな、なんて勝手な解釈をしてみる。彼の力が抜けてきたところを見計らい、僕は空いているほうの手で、TVゲームのスイッチを切った。彼の手からコントローラーを奪う。
「ゴメンね、リョーマ」
彼の身体から完全に力が抜けたところで唇を離し、微笑って見せる。
「っんだよ、今更」
彼は顔を真っ赤にさせると、僕から目をそらすようにして前を向いた。
「ゴメン。大好きだよ」
耳元で囁く。彼の身体が過剰なくらいの反応をしたのを確認すると、僕はその首筋に唇を這わせた。今度は言葉ですら抵抗しない。その代わり。彼は僕の膝から降りると、向き合うような形で座り直してきた。
もう一度、唇を重ねる。ここからが、本番。僕の言い訳タイム。
「確かに、『猫』がキーになってたかもしれないけど。それは切欠にしか過ぎないんだ。僕は、今のリョーマが好きだよ」
「………うん」
「だから、リョーマも今の僕を好きになって。『もしも』なんて哀しいことは言わないで。ね?」
「………うん」
幼い子供みたいな頷き方に、僕は微笑った。また機嫌を損ねられるかとも思ったんだけど、どうやらうまくいったらしい。リョーマは耳まで真っ赤にさせた顔を僕に向けると、今日一番の笑顔を見せてくれた。