交錯


 大会の帰り。このときくらいしか、俺はあの人と一緒に帰れるチャンスはない。いつもは、俺の隣には別の先輩がいるから。そしてあの人の傍にも。だから、大会の帰り、部活という輪の中でも、俺には貴重なんだ。バスで隣になれれば話す機会は作れるし。
 でも、あの日以来、あの人はいつも俺たちとは一緒に帰らない。アイツと一緒に帰ってるんだ。俺より弱いくせに、アイツはあの人と手を繋ぐといつも俺を見下ろすんだ。俺に負けたくせに。俺より…弱いくせに…。

 大会明けの朝練。早く部室に着き過ぎて、俺はドアの前で座り込んでいた。昨日のあの光景を見た所為で、余り眠れなかったんだ。
「……眠っ…」
 大きな欠伸が出る。俺はドアに寄りかかると、涙の溜まった眼で宙を仰いだ。と、視界に入ってくる人影。
「越前くん。おはよう」
 聞き間違えるはずのない声。俺は急いで眼を擦ると、その姿を確認した。映ったのは優しい笑み。
「………はよーっス」
 立ち上がろうとする俺に、先輩は手を出してきた。少し躊躇ったけど、優しく微笑うから。俺はその手をとり、立ち上がった。
「珍しいね。君が一番に来てるなんて」
「不二先輩だって。……今日は独りなんスね」
 隣にはいつも手塚部長が居るのに。
「うん。手塚はね…今日は病院だってさ。」
 心配そうな顔をすると、先輩は部室の鍵を取り出した。
「鍵、不二先輩も持ってたんスか?」
 ドアを開け、俺に入るように促すと、先輩は悪戯っぽい笑みを見せた。
「ううん。これはね、勝手に作った合鍵。ほら、時々授業をサボりたくなるときってあるじゃない?そういう時、重宝するんだよね」
「………不良なんスね」
「遅刻はしないけどね」
 クスリと微笑うと、先輩は支度をはじめた。俺も慌てて着替える。
 それにしても。何でこんなときにかぎって……?
 二人きりになることが出来たら、とは思ってはいたけど、いざ二人きりになると何を話したらいいのか解からない。話題を探そうとすると、昨日の光景が蘇ってきて…。
「越前くん、どうしたの?ぼーっとしちゃって」
「え、あ…」
 突然、視界に先輩の顔が飛び込んできて、俺は慌てた。赤くなってしまった顔を隠すように、帽子を深くかぶりなおす。
 どう、しよう。昨日のこと。真意を、確かめたい。チャンスはきっと今しかない。でも…。
「越前くん。何か僕に訊きたい事でもあるんじゃないの?」
「何で、そんなこと言うんスか?」
「そんな顔、してるからさ」
 クスリと微笑うと、不二先輩はベンチに座った。黙って、俺を見つめる。多分、俺が切り出すのを待ってる。
 言うしか、ない。今しか、聞けない…。
 俺は深呼吸をすると、帽子をもう一度かぶりなおした。
「ふ、じ先輩って、弟くんと仲良いんスね」
 心臓が、高鳴る。
「そうかな?……そうでもないよ。反抗期なのかどうか知らないけど、最近、裕太冷たいんだよね」
 困ったやつだとでも言うように、先輩は微笑った。その言葉の端々にアイツへの想いが現れてるみたいで、なんか、イラつく。
「……嘘吐き。」
「え?」
 覚悟を決めるしかない。
 俺は生唾を飲み込むと、先輩を睨んだ。
「嘘吐きっ。俺、知ってんスからね。先輩と弟君との関係。兄弟ってだけじゃないってこと」
「…………。」
「…………。」
「………へぇ」
 沈黙のあと、先輩はそれだけを言うと、俺の前に立った。恐いくらいに綺麗な蒼い眼が、そこにある。
「どうして、そんな事言うんだい?」
 否定は、しないんだ。
「俺、見ちゃったんス。……昨日、大会の帰り、その…先輩と、弟くんが…」
 キス、してるの。
 言おうとして、俺の言葉は止まった。俺を見つめる先輩の眼が、鋭く光る。俺は思わず後退りをしてしまった。体が冷たい壁にぶつかる。よく解からない気持ちの悪い汗が、背中を伝っていく。
「それで?」
「え?」
「それで、君は僕を脅して。僕に何をして欲しいんだい?」
「何をって…」
 脅してる?俺が?不二先輩を?
「僕に何かして欲しいんでしょ?違う?」
「……何か…なんて」
 俺のこと好きになってなんて言えるはずがない。
 というか、先輩は否定してない。弟くんとの関係。やっぱり、そういうこと、なんだ。兄弟というのがハンデになってると思ってたのに。やっぱり、俺はアイツには勝てないんだ。試合では勝ったのに。
「それにしても、莫迦だよね、君も。僕に裕太の話を。よりにもよって、その話をするなんてさ」
 クスリと微笑うと、先輩は俺の顔の横に両手をついた。恐い、と思った。何故か。目の前の先輩は微笑ってるのに…。
 そう言えば。不二先輩はキレると口元に笑みを浮かべるって誰かからを聞いたことがある。確かに、手塚部長や河村先輩に何か遭ったとき、不二先輩は蒼い眼を開き妖しい笑みを浮かべていたけど…。今の先輩は、そんなの、比じゃない。恐い。眼を逸らしたいのに、それが出来ない。俺の身体は硬直したみたいに、全然動いてくれない。
「僕の事はどれだけ悪く言われても構わないけど、裕太に何かしたら。キミ、殺すよ?」
「………ぁ」
 声が、出ない。暑さとは違う汗が喉を伝う。何で、こん風になっちゃったんだろう。俺は、ただ、不二先輩が好きなだけなのに。先輩に、俺のことをもっと見て欲しいだけなのに…。
「……ま、いっか」
 溜息混じりにいうと、先輩は俺から身体を離した。緊張の解けた俺は、そのままその場にへたり込んでしまった。
「確か、越前くんは僕のことが好きなんだよね」
「なっ…!?」
 驚いて見上げると、先輩は愉しそうにクスリと微笑った。
「僕が知らないとでも思った?あんなに見つめられれば、誰だって気づくよ」
 目線を合わせるようにしゃがむと、先輩は俺の頬に手をあてた。さっきまでの冷たい視線とは反対に、その手は優しく温かく。
「そうだ。キミと付き合ってあげようか?」
「え?」
「僕と裕太との事、黙っててくれるんだったらね」
 言うと先輩は俺にくちびるを重ねてきた。何が起こったのか理解らないでいる俺を見て、また微笑う。
「ああ。でも勘違いしないでね。僕が好きなのは裕太だから」
 俺の帽子をとり、額に唇を落とすと、先輩は振り返らずに部室を出て行った。
 残ったのは、静寂と温もり。
「………馬鹿」
 呟くと俺は帽子をかぶりなおした。
 こんな仕打ちをされても、まだ好きだなんて。やっぱり俺は馬鹿なのかもしれない。





出た。不幸な確率50%の少年(笑)
ごめんね、リョーマ。悪気はないのよぅ。
でもさ、ほら。周裕のときはいっつも不二リョ前提だから。
……って、言い訳は、駄目?
しかも俄かに不二塚、桃リョ入ってる(爆死)

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