花火。


 夏合宿の最終日。俺は今、不二先輩に内緒で連れ出されて、2人きりで花火をしている。
 一体、いつどこで買ってきたんだか。俺がそこに行ったときには既に大量の花火が用意されていた。
 けれど。それはものの1時間でやり尽くしてしまって。
 残っているのは、俺の手元で淋しく火花を散らしているこの線香花火たちだけ。
「何で線香花火なんてモノ、あるんスかね?」
 不服そうな顔をして、先輩を見る。けれど、先輩は優しい笑みで。
「あ。」
「落ちちゃったね」
 動揺した俺は、線香花火の寿命を短くしてしまった。
「悪態、吐くからだよ」
 クスクスと微笑う。その先輩の手の中では、大きくなった線香花火が綺麗に瞬いている。
「何で線香花火なんてモノ、あるんスかね?」
 足元にある束から2本取り、それを束ねて火を点ける。
「リョーマは嫌いなの?線香花火」
 俺を覗き込んでくる先輩の手には、綺麗に燃え尽きた、線香花火。俺の手には、2つ分の大きなマグマ。
「嫌いっていうわけじゃないっスけど。あっ」
「1つでも出来ないのに、欲張るからだよ」
 溜息を吐いたオレに、花火を1本差し出す。受け取ると、先輩は火を点けてきた。
「何か、虚しくなりません?さっきまであれだけ楽しかったのに。なんか、勢いを削がれるっていうかなんていうか…」
「僕は好きだけどな。線香花火」
 自分は持たず、その代わり風を遮るようにオレの花火の周りに両手を出してきた。
「……こんなしょぼいのが?」
「そう思うなら、最後まで落とさないでやってみなよ」
「………っス」
 頷くと、オレは線香花火を見つめた。今度こそ落とさないようにしなくちゃ。
「これぞ日本の夏って感じがするじゃない」
 見えてないけど。先輩が微笑ったのはわかった。それも、とても楽しそうに。
 不思議なヒトだと思う。子供じみたことを率先してやりたがるくせに、考え方は妙に大人で。パラドックスを内に抱えたヒトは沢山いると思うけど、ここまで面に出ているヒトなんて滅多にいない。
 そういえば、部活のみんなで海水浴に行ったときも、ビーチバレーをやろうと言い出したくせに、自分は仕切るだけでプレーには参加しなかったっけ。冬や夜の静かな海が本当は好きなんだと、確かそのとき教えてもらった。
 と。聴こえてきた音に、俺は思考を戻した。いつの間にか、手の中にある線香花火は火花を散し始めていた。何となく、不思議な光景。満月を見ているような。
 確かに。ちゃんと火花を散らしているのを見ると、線香花火を好きになりそうだ。
 そのまま、黙って花火が終わるのを見つめる。
 音を成しながら激しく散っていた火花は、次第に勢いが弱まり、最後には音のないオレンジ色の筋になっていった。綺麗だった満月も、いつの間にか小さくなり、新月へと変わっていた。
 辺りが、少しだけ暗くなる。
「……俺、線香花火最後までやったの、初めてかも」
 ただの紙だけになってしまった花火をバケツに入れる。立ち上がると、俺は大きく伸びをした。
「そうなの?」
「多分。それに、線香花火にこんだけ神経使ったのも初めて」
「そう。それは良かった」
 クスクスと微笑いを溢すと、先輩は線香花火に火を点けた。また、少しだけ明るさを取り戻す。俺は先輩の隣にしゃがむと、さっき先輩がしてたみたいに両手を翳した。
 魅きこまれそうになる。花火じゃない、もう1つの灯りに…。
 自分の顔が赤くなっていくのがわかって、俺は慌てて頭を振った。視線を花火に映す。
 綺麗に火花を散らす線香花火。でも、俺は。下を見るんじゃなくて、もっと。もっと、上を見ていたい。
「でも、俺は打ち上げ花火。……どうせなら三尺玉の方がいいっスね。ドーンって、腹に響く感じ。そっちの方が日本の夏って感じがしません?」
 満天の星空を見上げる。今年の花火大会は来週。2人並んで宙を見上げている光景を思い描いてみる。
 と、隣で小さな笑い声。
「何、微笑ってんスか?」
「……リョーマは帰国子女だからね。日本の侘び寂びは理解らないよね」
 先輩は終わってしまった線香花火をバケツに入れると、最後の1本を俺に渡した。火を点ける。
「………俺、女じゃないっスよ」
「女じゃなくても。帰国子女って言うんだよ」
 言うと、先輩はまた微笑った。それは決して馬鹿にしているわけじゃなく。慈しむような感じ。そんな綺麗な顔をするから。俺は思わず見惚れてしまって…。
「あ。」
「最後の1本だったのにね」
「先輩の所為っスよ」
 悪態を吐くと、オレはバケツにそれを放った。まだ熱を持っていたのか、ジュっと小さな音がした。
 静寂。風の音と虫の声。まだ8月も中旬なのに、もう鈴虫が鳴いてる。
「最初で最後、だね」
 ロウソクの炎を消すと、先輩が呟いた。その声が、さっきまでの楽しげなそれとは違っていて。
「……せ…。しゅう、すけ?」
 その表情を見ようと覗きこんでみる。けど。灯りが全て消えてしまった所為で、先輩がどんな顔をしているのか、理解らない。
 と。肩に感じる、温もり。
「ねぇ、リョーマ。キス、しよっか」
 俺の肩をぎゅっと握り、言う。突然のことに、少し戸惑ったけど。
「……いいっスよ」
 俺は頷くと、自分からキスをした。
 触れるだけで、すぐに離すつもりだったのに。先輩は俺を抱き寄せると、深く唇を重ねてきた。合宿という馬鹿げた集団生活の所為で暫く先輩に触れることが出来ないでいたからなのか。俺の身体が信じられないくらいの速さで熱を持ち始めていく。なんて。気付いたら急に恥ずかしくなって。
「っうすけ。もっ…」
 先輩の胸に手を押し当てると、身体と唇を離した。
「……リョーマ?」
「…こんな所、じゃ。恥ずかしいから……」
 立ち上がり、先輩に背を向ける。と、背後から腕が伸びてきて、俺を優しく包んだ。
「大丈夫。誰も見てないよ」
 耳元で、囁く。
「……でもっ」
「だから。もう少し、このままでいさせて」
 苦しそうに言うと、俺を抱き締める腕に力を入れてきた。俺は先輩に気づかれないように、小さな溜息を吐く。
「じゃあ、その代わり。最初で最後だなんて。そんなこと、二度と言わないで下さいよ」
 先輩の手に自分のそれを重ね、指を絡める。
「合宿場での花火は出来なくても。来年も、再来年も、花火しましょう?2人きりで」
「………うん。」
 俺の言葉に頷くと、先輩は首筋に顔を埋めてきた。俺を、強く、強く抱きしめる。
「リョーマ。大好きだよ」
 顔を埋めたままで、囁く。何度も聴いたはずの言葉。なのに。今夜のそれは、何故か特別な響きを持っていて。
 俺は先輩の腕を解くと、振り返り、その眼を見つめた。
「俺も、周助が…」
 続きを言うかわりに、爪先立ちになると、俺は先輩にキスをした。





結局。テーマからそれたまま終わってしまったι
つぅわけで。言いたいことは次回に繰り越し。
甘いかと思いきや、急に切なくなってスミマセン。
でも、花火の終わったあとって、そんな感じだよね。妙にしんみり。
つぅか、久々。長かったな…。

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