―剥き出しの感情は、誘惑―
深呼吸をする。もう少しで駆け込んでくるの、知ってる。
心配そうな顔をして、大丈夫?って優しい声で訊くんだ。
「越前くんっ」
乱暴に開いた、保健室のカーテン。息を切らせているのは、俺の想い人。
「……不二先輩…」
「大丈夫?」
心配そうな顔。優しい声。
あまりにも思い通りの展開に、思わず笑い出しそうになる。
「大丈夫っスよ」
「でも。まだ寝てたほうがいいよ。顔、まだ赤いよ?」
起き上がろうとする俺を制すと、先輩は俺の頬に触れた。顔が赤いのは、アンタが目の前にいるからだよ。
「吃驚したよ。君が倒れたって聴いて。先生は?病院は?」
堀尾を使って先輩に伝えてもらったのは正解だったかな。案の定、大袈裟に言ってくれたみたいだ。バカとハサミは使いようってね。
「倒れてはいないっスよ。ちょっと、体調が優れなくて…」
頬にあった先輩の手を、軽く握る。先輩は少し頬を緩ませると、強く握り返してきた。
「じゃあ、早く病院行こ?」
「大丈夫っスよ。もう少し休めば」
「……ったく。保健医はどこに…」
俺の手を握ったまま、きょろきょろと辺りを見回す。ああ、このヒト、本当に俺のことを心配してくれてるんだ。
「いないっスよ。無断で借りてるんですよ。外に掲示してませんでした?『本日、出張』って」
「……見てなかったかも」
気が抜けたように、先輩が言った。それが何となく可笑しくて、笑みが浮かんだ。先輩はそんな俺に苦笑すると、近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。
いつも冷静な先輩だけど。俺が絡むと、そうじゃなくなる。そのことに気づいたとき、俺、解っちゃったんだ。先輩の、俺に対する気持ち。俺たちはずっと通じ合って立ってこと。
「……でも。堀尾くん、何で僕のところに伝えに来たんだろ」
先輩の呟きに、ドキッとした。冷静さを失ってたとはいえ、そこらへんは流石だと思う。
「俺が頼んだんスよ。不二先輩に伝えてきてって」
先輩の手を強く握る。
「………え?」
熱の所為じゃない、心臓の高鳴り。
大丈夫。このヒトは逃げたりしない。ちゃんと、受け止めてくれる。死にそうなくらいの、この想いを…。
「苦しいんス。胸が。凄く」
掴んでいる先輩の手を、自分の胸へと滑らせる。肌に触れ合う。直に伝わってくる、温もり。
「越前、くん?」
「先輩の所為で胸が苦しいんスよ。好きなんス。先輩のことが。死にそうなくらい」
わざと、自分の敏感なところに触れるように、先輩の手を動かす。意思を持たない手の、そのぎこちない動きが、尖りはじめてるそこに触れるたびに、溜息のような吐息が漏れる。
「…ねぇ。先輩も、俺んこと好きなんでしょ?」
出来る限りの、甘ったるい声。少し恥ずかしいとか思ったけど、もう、なりふり構ってらんない。これ以上我慢できないし、我慢したくない。
だってこのままじゃ、俺はきっと、自分の思いに押しつぶされて…。
「好き…だよ」
予想通りの、先輩の返事。嬉しくて。俺は体を起こし、先輩を引き寄せると、その首に腕を絡めた。口付けを交わし、そのまま先輩が上になるように体を倒す。
「……なんか、誘ってるみたいだね。いいの?このままだと、僕、止められなくなっちゃうよ?」
ベッドの上に乗ると、今度は先輩からキスをしてきた。俺がしたものよりも、もっと濃密なキス。それだけで、体が溶けそうになる。
「みたいなんじゃなくて、誘ってるんスよ」
不敵な笑みを投げかける。もう一度口付けを交わすと、先輩の手が意思を持って俺の肌に触れてきた。