メイク


「やーだっ」
「大丈夫だって」
「んっ…」
 俺の肩を掴んで強引に引き寄せると、先輩は唇を重ねてきた。甘いそれに、抵抗力を奪われる。
「僕、この為に姉さんに教わって、裕太で練習したんだから」
 だから安心して。唇を離した先輩は愉しそうに微笑った。
「……っし、仕方ないっスね」
 こういう笑みを見せているときは抵抗したって無駄。下手に暴れて滅茶苦茶な顔になるよりは、と。俺は渋々って感じの顔をして頷いた。なんて。実の所は、さっきのキスで逃げる気力を奪われちゃっただけなんだけど。
「うん。いい子」
 ふふ、と微笑いながら、俺の頭をわしゃわしゃ撫でる。子供扱いされてるみたいで嫌なんだけど、先輩にやられると別にそんな気がしないから。俺はそのままにして置いた。
「ほぁら」
 どこから入ってきたのか、間抜けな声の持ち主は俺の膝の上に座ると、じっと先輩を見つめた。
「カルも撫でて欲しいのかい?」
「ほぁら」
「素直で可愛いね」
 俺の頭にあった手をカルの頭に乗せると、俺にしたときと同じようにわしゃわしゃと撫でた。カルが、嬉しそうに眼を細め、喉を鳴らす。それを見つめる先輩の眼も嬉しそうで。何かものすっごく、頭に来た。
「先輩。始めないんスか」
「何?その気になってくれたの?」
「……別に」
「何だ。妬いたんだ」
「違っ…」
「はいはい。じゃ、お化粧しましょうね」
 抗議をしようとした俺に触れるだけのキスをすると、先輩はクスリと微笑った。姉のだと思われる化粧品に手を伸ばす。
「それにしても。アンタの弟、可哀相っスね」
 真剣な眼。見つめられたまま無言でいるのもなんか恥ずかしくて。俺は言った。
「何で?」
「だって。アンタにいい様に使われてさ。姉さんで練習すればよかったじゃないっすか」
 出来るだけ顔を動かさないように喋るから、上手く舌が回らない。でも、メイクすることに真剣な先輩はそれを気にしていないようだった。手を休めずに、話す。
「姉さんは指導者だからね。それに、裕太も満更じゃなかったみたいだよ。こうやって、僕の顔を近くで見つめられるからね。緊張してるの。可愛いよね」
 鼻先が触れるくらいまで顔を近づけると、ふふ、と先輩は微笑った。遅れてその言葉の意味を理解した俺は、思わず叫びそうになった。それを先輩の唇で塞がれる。
「まあ、こんなことに付き合わせちゃったからさ。それくらいは許してあげてよ」
 ね、と微笑うと、先輩は俺の頭を軽く叩いた。その笑顔に、仕方ないっスね、と不本意ながらも俺は呟くしかなかった。
「はい、出来たっと」
 俺の肩を軽く叩くと、先輩は鏡を見せた。
「どう?可愛く出来たでしょ」
「…………」
 なんて、言葉を返したらいいのか理解らなかった。目の前にいるのは俺なのに、俺じゃない感じ。女装させるって言うから、もっとテレビのコントなんかでするような、目も当てられないようなものを思い浮かべてたのに。これなら多分、顔だけ見たら確実に女に間違えられる。
「見つめちゃって。もしかして鏡の中の自分に惚れた?」
「バカ言わないで下さいよ」
 アホらし。溜息混じりに呟いて、先輩に鏡を返す。僕は惚れ直したかな、と呟くと、先輩は立ち上がり、持ってきていたでかいバッグを開けた。取り出したのは、女物の服。
「……アンタ、そんなもんまで用意してたんスか?」
「姉さんに言ったらね、用意してくれたの。さ、早く着替えて。これからデートするんだから」
「…………は?」
「だってリョーマが言ったんだよ。男同士でデートするのって可笑しいって」
 俺に服を押し付けると、先輩はベッドに座った。膝を叩き、そこにカルを座らせる。
「……確かに言いましたけど。でも、それだったら先輩が女装すればいいじゃないっスか」
 渡された服を突き返す。けど、先輩は受け取らずに、ニヤリと微笑った。
「別に僕が女装してデートしても良いけど。でも、そうしたらリョーマは女に手を引かれてデートしてるっていう風に見られちゃうよ?それでもいいの?」
「………じ、じゃあ、デートなんかしなきゃいいんスよ」
「駄目だよ。折角ここまでやったんだから。僕の努力を無駄にする気?」
 服を再び俺に押し付ける。じっと見つめる先輩は、怒った口調を取りながらも愉しそうな笑みを浮かべていた。
 仕方ない。溜息を吐く。
「そうそう。きっと似合うから。ねっ」
 俺の溜息の意味に気づいたのだろう。先輩は満足げな声で言った。また、溜息を吐く。
「言っときますけど」
「ん?」
「俺が言い出したからとか、アンタの努力が無駄になるからとか。そういう為に女装するんじゃないっスからね」
「じゃあ、何で?」
「アンタに遊ばれた可哀相な弟さんの為っスよ」
 溜息混じりにいい、女物の服に袖を通す。それを見た先輩は、クスクスと声を上げて微笑った。
「なんスか。気持ち悪ぃ」
「もう忘れた?裕太は満更じゃなかったって。だから、裕太は可哀相でも何でもないの。敢えて言うなら、可哀相なのは、こうして僕に遊ばれてる越前リョーマっていう女装の似合う可愛い男の子だけ」
「ほぁら」
「………あ」





365題のコメントから。
女装の出来については、個人の想像にお任せします(笑)
ちょっと不二←裕太も入りつつ。お姉さんの存在も入りつつ。カルピンが出張りつつで。
不二カルにならないように気を付けないとι
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