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「不二先輩。俺と試合しません?」
 もうすぐで、桃先輩と菊丸先輩の使ってるコートが空く。俺はそれを見計らって、コートを眺めていた不二先輩に声をかけた。
「うーん」
 俺と眼を合わせた先輩は少し微笑ったが、その後で、俺の出した要求に困った顔をした。何やら、辺りを見回す。
「不二先輩?」
「……あ。来た」
 呟いた先輩の目線の先。そこには、俺に似ていると先輩が言った、いや、違う。俺がその人に似ていると言ったんだ。そいつがこっちに向かって歩いてきていた。
「不二。乾たちが使っていたコートが空いた。行くぞ」
 俺を見ようとしないその人は、先輩の前に立つと言った。
「うん」
 不二先輩が、自然な動きでその手を握る。その先輩の動作にも、それを当たり前のように受けているそいつにも腹が立って。
「ちょっと待ってくださいよ」
 俺は二人の間に立つと、そいつをキッと睨みつけた。
「不二先輩は俺との試合があるんス」
「……そうなのか、不二」
「ごめんね、越前くん。手塚との約束が先なんだ」
 少し困ったような声で言うと、先輩は振り向いた俺の頭を優しく撫でた。優しく温かい手。でも、決して対等に見てくれていない手。
「そうっスか」
 これ以上、その手の温もりを感じていたら泣いてしまいそうで。俺は先輩の手から逃れるように背を向けると、呟いた。
「じゃあ、越前くん。また今度ね。手塚、行こう」
「ああ。……すまんな」
 俺の頭をポンと叩く。俺を見下しているわけでも哀れんでいるわけでもない、ただ相手にしていないその手。俺は顔を上げると、離れて行くそいつの背中を強く睨みつけた。そして、俺の気持ちにとっくに気づいているであろう不二先輩の背中も…。

「おチビ。コート空いたよん」
「………もういいっスよ」
「なーんだ。またフラれたの?」
「うるさいっスよ」
 あれからずっと不二先輩を見つめていた。それを遮るように顔を覗いてきた菊丸先輩を睨みつけると、俺は溜息をついた。
「そう気を落とすなって。今日は先輩リッチだから、ファンタでも奢ってやっからさ」
 俺の肩に手を回し、ポンポンと軽く叩く。不二先輩と同じ重さ。でも、生まれてくる感情は全然違う。
「あの二人の間に入っていくのは、なかなか難しいからにゃ。付き合い出したのは最近だけど、お互いに意識し始めたのは一年の最初らしいから」
「でも、菊丸先輩は二人の間に入っていってるじゃないっスか」
「ま。不二と俺は親友だから」
「本当に?」
「……と、俺は思ってるんだけどね。不二はどう思ってるんだか」
 少しだけ淋しそうに呟くと菊丸先輩は俺の手を取った。
「何するんスかっ?」
「だから、ファンタだよ。奢ってやるって。ほい。感謝の言葉は?」
「…りがとうございます」
 英二先輩に手を繋がれたまま、不二先輩のコートの近くを通る。部長とテニスをしている先輩は、今までのどの試合をしている時よりも楽しそうに見える。それは、部長も同じ。
「おチビ」
「はい?」
「手ぇ、痛いから」
「あっ。すみません」
 無意識に強く握り締めてた手。俺は慌てて力を抜いた。本当は手を離す気でいたんだけど、何を考えてるんだか菊丸先輩は離してくれない。
「不二の奴、気づくかにゃ」
「何がっスか?」
「俺がおチビと手ぇ繋いでんの」
「……っ!?」
 言われて、俺は思わず不二先輩を見てしまった。サーブの構えに入るほんの一瞬、俺と目が合った気がした。でも、次の瞬間にはいつもと変わらない様子でサーブを打っていた。
「今、おチビのこと見てたよね」
「………。」
「なーんの反応もなしかぁ」
 つまらない、とでも言いたげな溜息をつくと、菊丸先輩は俺から手を離した。支えを失った手が、だらりと重力に従ってぶら下がる。
「……同い年だったら」
 同い年だったら、手塚部長までは行かなくても、菊丸先輩くらいまでの親しさになれたのかな。
「なーにしょうもないこと考えてんの。俺が見てる不二と、おチビが見てる不二は違うってこと、知ってる?」
「……え?」
「だからにゃ。おチビと俺とじゃ、不二の接し方が違うってこと。おチビは気にいられてるんだよ。後輩としてだけど。だから多分、おチビが好きなのは『先輩』っていう不二なんだよ。俺の言ってること、理解る?」
「なんと、なくは」
 この歳の差があるからこそ、俺は不二先輩を好きになったってこと。不二先輩が『先輩』じゃなく、同級生としての『不二』だったら、もしかしたら好きになってなかったかもしれないって。多分、菊丸先輩はそういうことを言ってるんだと思う。
「まぁ、頑張るっきゃないね。俺もおチビのこと好きだから、応援しちゃるよん。…あ。好きって言っても、後輩としてだけど。俺が愛してるのは大石だけだかんね」
「理解ってるっスよ」
 慌てて付け足した菊丸先輩の言葉に溜息をつく。そんな俺の頭を撫でると、菊丸先輩は少し先に見えた自販機に駆け寄った。俺がそこにたどり着くよりも先に、ファンタを取り出す。
「ほいよ。じゃ、俺は休憩してっから。頑張れよ」
「っス。ありがとうございます」
 俺にファンタを投げてよこすと、菊丸先輩は俺に手を振り、去っていた。その背に礼をし、近くのベンチに座る。
 独りになった俺の視線が行くのは、勿論。
「……先輩」
 菊丸先輩の言う通り、俺は不二周助を先輩としてしか知らない。だから好きになったのかもしれないけど、でもだからこそもっと知りたいと思う。
 どっちにしても、今更だ。
「確かに、しょーもないことかもしれないっスね」
 どう頑張ったって、時間を戻すことは出来ないんだし。俺は俺でやるっきゃない。例え、結果の見えた勝負でも。そうだ。それすらも『もしも』の範囲でしかないんだ。確実なのは過去と現在の事実だけ。
 まだ、未来は決まってない。
「俺、まだまだ諦めませんよ」
 呟くと、俺は一気にファンタを飲み干して立ち上がった。





365題『もしも』のコメントで、切ないものが、とあったのでね。
あんまり切なくはない感じになってしまいましたけど。
しかも、不二とリョマのシーンよりも、菊丸とリョマのシーンの方が長いって言うι
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